自分のものなど何も無い | 仏光さんの心の相談室
2018-01-30 08:08:29

自分のものなど何も無い

テーマ:お釈迦様の教え

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昨日は筋トレのウエイトを上げたり、トレーニング種目を増やしたので筋疲労がいつもより大きかったです。夜はすぐに寝てしまいました。まあこういう時に「20歳の学生の頃とは違うなあ」とつくづく感じます。疲労からの回復に時間がかかるのですね。そしてこれは当たり前のことなのです。私は歳をとるということが嫌いではありません。これはこれで自然の摂理なので、受け入れている方が心は楽です。

 

お釈迦様は「諸法無我(しょほうむが)、自分のものなど何一つ無い」という真理を説かれています。私のこの体でさえ、自分の思い通りになることはありません。病気になったり、歳をとったり、寿命がくれば死んだりします。「自分の体でさえ自分のものではないのに、自分のものというものはこの世には無いのだよ。色々な縁起が集まって借り物としてこの世に存在しているだけなのだ。」と説いているのですね。

 

普通にはこれはなかなかすぐには納得できません。自分の体は自分のものだと思うし、車や家も名義が自分なので、自分のものだと思います。しかし考えてみると、車や家も災害が来ればあっという間に無くなってしまいます。

 

大震災の時の映像を見ていて、私は「なるほど。諸法無我だな」と思いました。地震の一秒前までは自分のものであった家や車が一瞬にして無くなっていくのです。私もいつかこのような災難に遭って全てを失うかも知れません。それはこの次の瞬間かも知れません。

 

まだ家や車ならいいけれども、自分の命も無くなるかもしれません。自分というのはそういう存在なのだという事を知り、色々なものは借り物としてこの世で自分に与えられているけれども、あくまでも借り物で、自分のものと思い込んで執着しないということが大切なのだという真理なのですね。もっと具体的にお釈迦様は、

 

「子供のあるものは子供の事で憂い、財産のあるものは財産の事で憂う。自分の体でさえ自分のものではないのに、何が子供か!何が財産か!」と言われています。これは随分辛らつな言葉だなと思ったものですが、人が色々なものからの執着から離れるのはそれほど難しい事なのですね。だからきつい言葉で戒めているのだと思います。「これも自分のもの、あれも自分のもの。」と執着して自分で自分を苦しめているのが人間の現状です。

 

「諸法無我」という真理を知り、執着を離れる事が自分を苦しみから救う一つの道です。私も「いつまでも若くありたい。」という執着があると、歳をとる毎に苦しまなければなりません。もちろん健康で過ごせるように最大限の努力はしますが、それでも歳をとっていくのはしょうがないし、自然の摂理として受け入れてしまうと、歳を取るのも苦にはならずに楽しいものです。

 

実は私が行っているスポーツクラブで「体組成チェック」というのをやってくれます。手足や身体のそれぞれの体脂肪率や筋肉量、水分量などを機器の電気抵抗で計り「身体年齢」というものを出してくれます。実際の年齢より何歳若いとか、何歳歳をとっていると数値で出てくるのですね。

 

本音を言うとちょっと怖いのですが受けてみますね。これだけトレーニングをしていて、実際の年齢よりほんのわずか若かったり、もっと歳をとっていたらショックだと思うのですが近々やってみます。まあ結果がどうであれ、私の体もこの世での一時の借り物ですからね。健康であればどっちでも良いのです。やはり体組成チェックも「諸法無我」ですね。

 

合掌

 

仏光

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