2018-01-10 09:31:26

彼岸に渡る

テーマ:お釈迦様の教え

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昨日は昼休みが仕事になったので運動ができませんでした。でも体を休めるという意味で、それはそれで良かったと思います。今日はまた昼休みに筋トレに行く予定です。人生というのはやっぱりなかなか自分の思った通りには行かないものです。それはそれで当たり前なのですが、それでもやっぱり自分の思う通りにならないと「嫌だな」と思ってしまいます。

 

私はそれを60年間繰り返してきました。ただ少しずつ良くなっているのは、嫌なことをいつまでも考えなくなったことです。昔なら頭にこびりついた嫌なことを何回も思い出し、そのたびに嫌な思いをしていたと思います。過去は何万回考えても変わらないのに、人は過去を振り返ります。私は今でも何かのきっかけで嫌なことを思い出す時があります。

 

それでもそれほど心が苦しくならないのは、嫌な考えを途中で止めることができるようになってきたからです。色々な人が色々な世界観で色々な事をするので、もちろん自分と合わない事もあって当然なのですが、人は自分こそが正しいと思ってしまいます。そこで色々軋轢が生まれるのです。

 

それで嫌な思いをするようになるのですが、私は如何に理不尽と思う事があっても、長い時間憤らないようになってきました。昔なら頭から湯気を出して怒っていたような事象でも、昔ほど怒りが出ないというか、すぐに気持ちを変えることができるようになってきたのですね。

 

私が如何に怒っても、それで何かをしても、それが良い結果につながらないのが分かっているので、ただ自分の気持ちを収めるために怒ったりすることが少なくなってきたのです。そうなるとやられっぱなしになることもあります。そこが心のコントロールです。多くの人と同じように私も何もしなければ、事あるごとに憤って怒りの中で人生を終わることになるでしょう。

 

仏教で言う「怒り」とは、腹を立てるだけではなくて、嫉妬や、不安、悩みなどマイナスの感情を指します。それらを心に置きながら一生を生きていくのは辛いものです。だからと言って周りの人が変わるわけでもなく、理不尽と思われることも続くのですね。そして中には人生を悲観して「死にたい」などと思う人も出てくるのです。

 

自分が一生懸命努力しているのに、思い通りの結果が得られないと「嫌」になるし、「死にたい」とも思うようになることもあるでしょう。私もそういうことが何度かありました。まだこれからあるかも知れません。でもその時に一々マイナスの感情に支配されていると本当に人生自体がつまらないものになります。

 

だから、いつも心を積極的にする方法を自分の身につけるのは大切なことなのです。大概の場合は、嫌なことは自分の欲から出ていることが多いです。周りの人が嫌なことをやっているように思えても、それを嫌と思ってしまうその根源に、自分の我とか欲がある場合が多いのですね。

 

自分ではなかなか気が付かないのですが、実際は自分の我で苦しんでいることが多いのです。自分が「こうしたい、こうなって欲しい」と思っているのにそうならないから苦しいのです。不安なのです。嫌なのですね。

 

お釈迦様は、

 

「欲望をかなえたいと望んでいる人が、もしうまく行くならば、彼は実に人間の欲するものを得て心に喜びを得る。

欲望をかなえたいと願い、貪欲の生じたものが、もしも欲望を果たすことができなくなるならば、彼は矢に射られたかのように、悩み苦しむ。人が財産、社会的地位、その他色々の欲望を貪り始めると、苦しみがその人につき従う。それゆえに常によく気を付けて、舟のたまり水を汲み出すように、欲望を捨て去って激しい流れを渡り、彼岸に至れ。」

 

と説いています。彼岸とは死んでから行く所ではなくて、心の中の浄土であると私は解釈しています。絶対的な安心と言っても良いかも知れません。多くの人にとってこういうことは頭では分かっているのです。でも分かっていてもなかなかそういう訳にはいかないのですね。もちろん中には何も分からずに自分の欲を追い求めている人も多いでしょう。分かっていてもできないところに修行が必要となってくるのです。

 

いくら自分が理解していようとも、心は自分が理解しているようには動きません。私はたった二年前、ある人から大変理不尽なことをされて、「これが怒らずにいられるか!」と怒っていましたが、今そのことを思い出しても相手がそういう人間であったことを可哀そうには思いますが、怒りの感情は出てきません。この二年間で少しは修行が進んだことになります。

 

もちろんお釈迦様が説くような真理を知ることは大切です。これは少し勉強すれば知ることができます。ただ知っているだけでは、その時は「ああそうだな」と思っても次の日に理不尽なことがあれば忘れてしまいます。だから修行というか心のトレーニングによって、真理を自分の身につけていかなければならないのですね。身についたものだけがいざという時に役立ちます。

 

お釈迦様は、人間が苦しみから逃れる八正道の中に「正定(しょうじょう)」を挙げておられます。正定とは瞑想の事です。最低でも一日一回心を落ち着け瞑想をするというのが「正定」です。だから真理も知らず、心のトレーニングもしない人は生きている間は常に何かしらの苦しみを体験し続けなければなりません。

 

それをお釈迦様は「無明」と言ったのですね。無明とは「智慧が無い」という意味です。智慧とは身についたもので、知っている。分かっているという知識とは違います。だから「無明が苦しみの根源である」というのも真理なのです。私は合掌瞑想はお釈迦様が言う「正定」には持って来いだと思います。坐禅より短い期間でより深く自分の事に気付けました。特に初心者の人には良いと思いますよ。

 

真理を知り、真理を身につけるのには少し努力も必要ですが、欲望を捨て去って人生の激しい流れを渡り、彼岸に至るのには大切なことですね。特に今あなたが苦しみの中に居るのならば尚更です。そういう時が実はチャンスなのです。何もしないと何も変わりません。苦しみが続くだけです。これからも私は彼岸を目指して私の精進を続けていきますね。少しずつでも良いのですよ。自分を変えていくのです。

 

合掌

 

仏光

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