2017-09-28 23:04:22

鯉と岩魚の生きる道

テーマ:悩まない道

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今日はそれほど忙しくなかったので、ゆっくりと昼休みに泳ぐ事ができました。明日は午後に二時間ほど仕事場を抜けて行かなければならない所があるので、時間があまり無いのですが、何とか筋トレに行く予定です。私の一日の中でリラックスできる時間が昼のトレーニングの時間ですね。しかも公共施設を使っているので、立派な施設の室内プールの使用料が一回250円。同じくトレーニング機器が充実している体育館のトレーニングルームの使用料が一回100円です。自分の払っている税金が自分に返ってきているようで嬉しいです。

 

私は毎日の仕事で私は色々な人に会います。それ自体は楽しい事なのですが、嫌だなあと思うことも正直あります。そういう時には仕事場の壁に貼ってある「マザーテレサ逆説の10か条」を読んで自分の感情をコントロールします。この「マザーテレサ逆説の10か条」は次の通りです。

 

1.人は不合理で、わからず屋で、わがままな存在だ。
それでもなお、人を愛しなさい。

2.何か良いことをすれば、隠された利己的な動機があるはずだと人に責められるだろう。
それでもなお、良いことをしなさい。

3.成功すれば、うその友達と本物の敵を得ることになる。
それでもなお、成功しなさい。

4.今日の善行は明日になれば忘れられてしまうだろう。
それでもなお、良いことをしなさい。

5.正直で素直なあり方はあなたを無防備にするだろう。
それでもなお、正直で素直なあなたでいなさい。

6.最大の考えをもった最も大きな男女は、最小の心をもった最も小さな男女によって打ち落とされるかもしれない。
それでもなお、大きな考えをもちなさい。

7.人は弱者をひいきにはするが、勝者の後にしかついていかない。
それでもなお、弱者のために戦いなさい。

8.何年もかけて築いたものが一夜にして崩れ去るかもしれない。
それでもなお、築きあげなさい。

9.人が本当に助けを必要としていても、実際に助けの手を差し伸べると攻撃されるかもしれない。
それでもなお、人を助けなさい。

10.世界のために最善を尽くしても、その見返りにひどい仕打ちを受けるかもしれない。
それでもなお、世界のために最善をつくしなさい。

 

私は不条理な目に遭うたびにこの10か条を見ています。それでも正直なところこの2年間くらい本当に人の世が嫌になっていたところもあります。この10か条を見て「その通りだな」とつくづく思うのです。昔、外資の社長をしていた頃は人の世に関してこのように感じた事は一切ありませんでした。

 

ところがこの2年間くらい本当に嫌だなあと思うことがあるのですね。そういう時はいつも八ヶ岳の山の上でひっそり自然を相手に暮らしたいと思ったりするのです。人の嫌な面も見なければならない仕事なので、どうしても人の本質を考えてしまうのですね。これは一休和尚もそうだったし、道元禅師もそうだったし、白隠和尚もそうでした。人の世が嫌になり、山の中に住みたくなるのです。真剣に仏道修行をしていくと、必ず一度は通らなければならない道のようです。

 

ところが昨日朝の修業をしている時にハッと気付く事がありました。川には色々な魚が住んで居ます。山奥の渓流の綺麗な水に住む岩魚も居れば、川のよどみや泥の中に住む鯉やフナやドジョウも居ます。よどんだ水はあたかも欲や自我が絡み合った人の世のようです。心が純粋な人がこの人の世の川のよどみに住んでいると、心を病んだりします。私は今までの経験から心が純粋な人ほど心を病み易いのではないかと思っています。心の純粋な人は岩魚のような人ですね。本来は渓流の綺麗な水に住む岩魚が川のよどみに住むから生きにくいのです。

 

人はみんな生まれた時には、心に一点の汚れも無い無垢の心を持っていたはずです。ところがこの人の世で生きていくうちに、よどみの汚れを心に付けていくのです。お金や名誉や権力を持って、この世をうまく生きながら「老獪」などと言って喜ぶのは、このよどみの水にうまく順応した結果なのですね。

 

別に地位や名誉が無くても、この世で何の不思議も感じずに「まあ世の中とはこういうものだ」と納得して世間でうまく世渡りしながら生きているのも、知らず知らずのうちに人の世のよどみの汚れを心に付けているからできる事です。そしてもちろん本人は、自分がそのような事になっているとは露とも知らないのです。

 

私が昔、外資の社長をしていた頃は、川のよどみに住む鯉の親玉みたいなものです。その頃はよどんだ水に何の不思議も感じませんでした。それは私の心がよどんでいたからです。今から思うととっても恥ずかしいですね。その中で仏道修行をしているうちに自分が鯉から岩魚に変わってきたことに昨日やっと気付いたのです。だから経済的にとか社会的にはちゃんと生きていますが、私は人の世のよどみがどうも肌に合わなくなっていたのです。だから不条理な目に遭うたびに心が苦しかったのです。八ヶ岳の山の上でひっそり住みたいと思ってしまうのですね。

 

ちゃんとした仏道修行をすると、心が素直で正直になっていく事は散々聞いたり、本で読んだりして知っていました。先に書いた一休和尚、道元禅師、白隠和尚などみんなそうです。一生懸命修行をしたお陰で色々な真理に気付けて良かったのですが、反面この人の世のよどみが嫌にもなっていくのですね。「逆説の10か条」に書いてあるように、素直で正直な心は確かにこの世で人を無防備にします。だからその分、人の世では不条理な目にも遭いやすくなるのです。純粋な人ほど心を病み易くなるのですね。

 

ところが世の中で苦しんでいる人は、この川のよどみに住んでいるのです。私の力をこの世で発揮するのには八ヶ岳の山の上ではなくて、まさにこの毎日の人の世で頑張らなくてはならないのですね。それが私の天命であり道なのです。これに気付いてだいぶ気分は楽になりました。人が「何でそのように思ったり、考えたり、したりするのだろう?」と思っていたことも、この気付きによって納得がいきました。

 

岩魚は山の渓流に住んでいるのが自然で楽です。でもマザーテレサ逆説の10か条を手本に岩魚のままで、川のよどみのようなこの人の世で、苦しい思いもしながら私の道を生きて行きたいと思います。ただ忘れてならないのはこの世でうまく生きているのはある意味この世の汚れも自分の心に付けているという事です。無垢な心ではないから欲や自我が絡み合うこの世でうまく生きているのです。でも誰にでも生まれた時の無垢の心が残っているはずです。その心に気付き、その心を大事にする事は、うまくこの世を渡りながら生きることより大切なことかも知れませんね。

 

合掌

 

仏光

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