2017-09-06 09:24:12

大疑団

テーマ:悩まない道

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昨日はとても仕事が忙しい一日でしたが、何とか水泳に行く事ができました。今日の昼は筋トレです。まあこれだけは仕事と修行と同じようにできる限り一生続けていきたいと思っています。こんなことをしていて何が面白いのか?と思われる人も多いと思いますが、私はこれはこれで自分へのチャレンジなので面白いのです。

 

大体私の歳くらいになると、海外に旅行したり、時間があるので客船でクルーズを楽しんだり、国内旅行でも美味しいものを食べたりというのが人生の楽しみという事になるのだと思いますが、私の場合はそういう事を若い時にやってしまっているので、確かに楽しいだろうけれども人生の楽しみというところまではもういかないのですね。

 

こういうことは本当に人それぞれなので、自分がどのように一生を過ごしたいのか良く考えて実行すれば良いだけです。考えているだけではあまり意味がありませんが、生きている間に実行するのですね。私は仕事、修行、トレーニングを死ぬ前の日まで続けるのが人生の楽しみであり、人生の目標です。これは毎日が実行になるのでわかりやすい目標ですね。毎日続けられればそれだけでも幸せと思わなければなりません。

 

お釈迦様が説いた仏教の基本は「人生は苦である」という真理です。四苦八苦をはじめ、人間の基本的な苦から誰も逃れることができません。私もそうです。生きていると色々な苦がやっぱり押し寄せてきます。私の場合人より敏感なところがあるので、よりそのような苦を感じているかも知れません。本当にやり切れないという思いに捕われることも多々あります。

 

世の中や人生は不条理にできているのです。私も人に不条理なことを押し付けているかも知れません。自分だけが正しいとは思いませんね。それでも仏教はそのような苦から逃れる方法を教えています。そこが救いなのですね。ただ楽して人生の苦から逃れる方法は説いていませんね。まあそのようなものは無いのです。

 

苦から逃れる方法の基本が瞑想や坐禅です。これは楽と言えば楽ですけど、毎日やるとなるとしんどいと思う人が多いでしょうね。だからやらない。しかし楽して助かる道も無い。そうこうしている間に一生が終わる時期に差し掛かってしまうというのが一般的なところかなと思います。まあそこまで人生を深く考えずに、一般的な普通の生活で何の疑問も持たない人も大勢居られると思います。それはそれで幸せなことです。

 

私の場合は、「なぜ生きているのだろう?」と疑問を感じてしまったのですね。仏教の基本はこの疑問なのです。お釈迦様も一国の王子をしていてこの疑問に捕われて出家してホームレスになったのですね。これを禅では「大疑団」と言っています。まずこの大疑団が無ければ修行など必要ないのです。何の疑問も感じずに一生を終えれば良いだけです。お釈迦様も疑問を感じなければ一国の王で一生を終わったはずです。

 

何の疑問も感じなくても、人生の苦が消えて無くなるわけではありません。だから苦によってそれなりに心を右往左往させながら一生を終わります。瞑想や坐禅をしていても人生の苦が消えて無くなるわけではありません。ただそのような苦に対して心がうまく対応するようにはなっていきます。何もしなければいつまでもこだわっているようなこともこだわらなくなるとか、昨日までの事は忘れ、明日からのことは心配せずに今日一日だけを生きるとか、苦自体は無くならないけれども、自分の心が苦しまない対応ができるようになっていくのですね。

 

また正しい瞑想をすることによって心が清らかになって病気が良くなるという事もあります。これは具体的な原因と結果ですが、それでも瞑想すると死なないという事はありません。だから苦が消えて無くなるわけではないのです。それにうまく対応していけるだけなのですね。これが本来の仏教だと私は思います。人生は苦であるけれどもそれから逃れる方法が正しい修業なのですね。

 

昔、人の悪口を言い触らしながら「自分は禅の公案が進んでいるので救われている」と思っている愚かな禅者が居ましたが、このような抽象的な思い込みではなく、実際に自分が患っていた慢性病が治るとか、苦しんでいる人を助けたら何千人もの人が楽になったとか、もっと具体的な結果も踏まえて自分が救われ、他も救われるのが本来の仏教だと私は思います。

 

実際に正しい瞑想をすると心身の病気はほとんどの場合良くなりますね。私も重度の糖尿病を気づいてから3週間で治しましたが、これもやはり正しい瞑想をしていたからだと思います。だから何年も修行をしていて病気のまんまというのは、その修行法がどこか間違っているのですね。歴史や由来や儀式ではなく、こういう具体的な結果でその修行法の正しさを測っていけば良いと思います。

 

それでもいつか死にますが、死ぬ前の日までは充実した人生になるのが正しい瞑想修行だと私は思います。世の中は不条理であり、人生は苦ですが、それでも自分で自分を救っていけるのが仏教だと私は思っています。仏教自体は楽して結果は得られませんが、やはりお釈迦様が言う通り、自分が自分の救済者になれる道なのだという事がはっきりわかります。

 

正しい修業は正しい結果をもたらします。これをやるやらないはその人の自由ですが、もし自分に「何故生きているのだろう?」などという大疑団があるのならば絶対にやるべきでしょうね。私は自分を振り返ってそう思いますよ。そして実行することによってそれなりに救われていると思います。ありがたい事ですね。

 

合掌

 

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