原因があって結果がある | 仏光さんの心の相談室
2014-05-15 06:02:14

原因があって結果がある

テーマ:お釈迦様の教え
お釈迦様の教えの大きな特徴は森羅万象、この世で起こる全ての事には原因があり、その原因によって結果が導かれるということです。これを「因果の法則」と言います。宇宙で起こりうるすべての事象には確かに原因があり、その原因によって結果があります。だからお釈迦様の仏教は不可思議なパワーにより物事を動かすような絶対的な存在を認めてはいません。ここがほかの宗教と全く違うところですね。大変合理的な考え方によって仏教は本来成り立っているのです。だから本来の仏教には「崇拝」という要素は全くありません。そういう意味では仏教は宗教というより自分で自分を救う現実的で実践的な「哲学」と言った方が良いのかも知れません。

もちろん仏教も後の勉強不足の坊主によって、「仏様を拝めば助けてくれる」みたいな俗な考え方を持ち込まれているところもあります。おじいさんやおばあさんが仏像を一生懸命拝んで「助けてください」と念じていたら仏様というスーパーパワーを持つ絶対的な存在が宇宙の果てから「フニャ~」と助けの手を差し伸べてくれるということは無いのです。だから原因と結果を客観的に見ていく合理的な考え方、感じ方を身につける方法を教えているのがお釈迦様の仏教なのですね。

ではどのようにすれば仏教により自分の人生を良い方向に持っていくことができるのでしょう?お釈迦様は「物事は心によって作り出され、心によって導かれる。」と言っています。「その人の心のあり方が全てなのだよ」と言っているのですね。「もしも人が汚れた心で話し、汚れた心で行動すると、その人には苦しみが付きまとう。もしも人が清らかな心で話し、清らかな心で行動するならば、その人には安楽が訪れる。」と言っておられます。これこそ原因があって結果があるのだよということです。

考えてみれば当たり前のことなのですね。当たり前のことを当たり前にするのがお釈迦様の教えであり、禅の修業です。だから今まで間違った心で行動していたがために自分に苦しみがあるのであれば、その心のあり方を変えれば安楽が訪れるのです。全くの当たり前で、これ以上の真理は宇宙のどこを探してもありません。

ところが心というのはいくら頭で理解していても、理解した通りには動いてくれません。理解した通りに心が動いてくれるためには心のトレーニングをしなければならないのです。お釈迦様はそのトレーニングを仕方を教えているのです。お釈迦様が教えている心のトレーニングが禅の修業であり、トレーニングセンターが禅道場なのです。そして禅の老師はトレーニングインストラクターですね。ちゃんとトレーニングすれば心に安楽が訪れます。これも原因があり結果があるという真理通りですね。当たり前のことです。

お釈迦様は「仏像を拝め」などとは一言も言っていません。そもそも仏像などはお釈迦様が死んでからお釈迦様に似せて作られたもので、お釈迦様が生きている間には仏像などは存在しないのです。仏様を拝むなんてことは後の坊主が作り出したもので、お釈迦様はそんなことをやれなどとは一切言っていないのですね。だからいくら仏像を拝んでいても何も起こることはないのでしょう。もちろん人によっては「仏様!フニャ~」と拝んでいると一時的に安らかな気分になるかも知れませんが、まあ根本的な安楽がその人の人生に訪れるということは無いのですね。

でも人というのはしんどいことは避けたいのです。簡単な方法で自分が助かりたいと思うのですね。これは「働くのは嫌だけれどもお金は欲しい」、「修行は嫌だけれども悟りは欲しい」と言っているようなもので因果の法則から見るとそんなことは残念ながら絶対にあり得ないのです。「自分の心のあり方以外に自分を救う救済者は居ない」のですね。これがお釈迦様が伝えている真理です。

まあ楽して助かりたいと思う人はこれでは困るのですけれども、救いを求めてあっちへフラフラ、こっちへフラフラしているうちに実際に自分が救われることもなく一生が終わってしまいます。そんなことをしているより家でじっと坐禅をしながら坐っているほうがよほど楽に自分を救うことができると私は思いますね。お釈迦様が「こうしたら助かるよ」と教えてくれている通りにしているのが安楽への一番の近道だと思いますよ。

合掌

仏光

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