敵に塩を送る | 仏光さんの心の相談室
2014-05-08 06:37:28

敵に塩を送る

テーマ:お釈迦様の教え
人間の社会というのには「恨み」が蔓延しています。国家間や個人間を問わず恨みは争いに発展していきます。「恨む」というのはマイナスの心の状態の最たるものの一つですが、人間は恨みに固執するところがあります。「人を恨んで穴二つ」という格言があります。「恨みは人と自分と二つの墓穴を掘ることになるよ」という意味です。要するに人を恨んで良いことなど一つも無いのですね。

では何故人は人を恨むのでしょう?これは私たちの脳が自分が嫌だと思っている相手が苦境に陥ると、脳内に快楽物質が分泌されるようになっているからです。残念なことに嫌な相手が苦しむのを見て「ざまあ見ろ」と喜ぶように私たちの脳はできているのですね。私もこの脳生理学的な事実を知ったのは最近です。何とも嫌な話ですが、これが「持って生まれた煩悩」なのですね。この煩悩のままに流されて生きると「人生は苦である」ということになるのです。

やられたらやり返すでは人間はいつまで経っても苦しみから逃れることはできません。お釈迦様は「恨みは恨みを捨てることによってのみ鎮まる」と言っておられます。やられたらやり返すでは争いが延々と続くことになるのですね。このような心情を持っている国家や国民は2000年以上経っても争い続けています。ペルシャとアラブ、イスラム教とキリスト教などは一例ですが、延々と争いを続けることになるのですね。

日本では「敵に塩を送る」という言葉があります。これは歴史的事実です。武田信玄と上杉謙信が争っていた時、武田信玄の甲斐、今の山梨県は日本海側から塩を調達していました。海に面していない甲斐の国はどこかから塩を持ってこないと塩がなかったのです。動物は水と塩がなければ生きていけません。信玄と謙信の争いにより国交が断絶して甲斐に塩が届かなくなりました。これで信玄だけではなく、甲斐の国の庶民も苦しむことになったのです。

それを知った上杉謙信は使者を仕立てて戦争中にもかかわらず敵である甲斐の国に塩を送りました。謙信は熱心な仏教徒でした。「我々の争いで無実の民が苦しむのは見るに忍びない」と言って敵に塩を送ったのです。謙信はお釈迦様が説いていることを実行に移したのですね。争っていれば相手が苦しむのを見て「ざまあ見ろ」と喜ぶのが普通なのですが、仏道を学ぶことによりそのような地獄から自分だけではなく、相手も救うことができるのですね。日本には歴史的にこのような智慧があるのです。

私は「煩悩」というのはDNAのプログラムだと思っています。持って生まれたDNAのプログラム通りに生きていると煩悩に流されて生きることになるのだと思います。そのままだとお釈迦様が言う通りに「人生は苦である」になります。そのDNAのプログラムから智慧を持って抜け出すことが自らを苦しみから救う事につながっていくのですね。

煩悩の親玉を仏教では「無明」と言います。無明とは「智慧がない」という意味です。「恨みは恨みを捨てることによってのみ静まる」というのが智慧です。この智慧により私達は苦しみから救われるのです。仏道を学ぶということは、放って置けば永遠に続くであろう煩悩が作り出す地獄から、その智慧によって自分のみならず相手も救うことになるのですね。本当にありがたい話です。

合掌

仏光

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