煩悩とはDNAプログラム | 仏光さんの心の相談室
2012-10-31 06:03:39

煩悩とはDNAプログラム

テーマ:お釈迦様の教え

前にブログで自分のした事は全部自分の人生に返って来るという話をしました。今、得をしたいとか今、自分が思うようにしたいとか、自分の欲に流されて人を痛めつけたりとか騙したりとかしていると、それで一生が安泰に終わると言う事は無いのです。一時はお金持ちになったり権力を得たりしますが、死ぬまでには自分のした行いが災いとなって自分に返ってくるように人生というのはちゃんと出来ているのですね。


不摂生もそうですね。大酒を飲んだり、食べ過ぎたりしていると糖尿病など色々自分の健康を害する事になります。自分のした事は時間を置いて自分に返ってくるようになっているのです。誰も見ていないから大丈夫、バレなければ大丈夫と思っていても、ちゃんと死ぬまでには自分の人生に色々な形で自分のした事は返ってきます。だからどのような人生を生きたいかというのはその人次第なのですね。


逆に徳を積んでいくとその徳も自分に返ってきます。別に見返りを期待して徳など積むものではありませんが、放って置いてもそうなるように人生はできているのですね。何故このように自分がした事は自分の人生にみんな返ってくるようになっているのでしょう?これは、その人の心の状態がその人の人生を創っていくからです。自分勝手な人であれば自分勝手なりの心の状態にあるわけですから、その自分勝手な心が自分勝手な人生を創るのですね。自分勝手な人生の中でなかなか幸せになるということは無いのです。まあ、絶対ありません。


人を痛めつけたり、いじめたりしている人はそういう心の状態が自分の人生を創るわけですからどんどん不幸になっていくのです。意地悪な心の状態で「私は最高の幸せと心の平穏を得ています」という人はこの地球上には存在しないのですね。常に「こいつがこうした。あいつにはこうしてやろう」などと思っているのですから心の平穏などあるわけが無いのです。そのようにしてどんどん人生の時間を過ごしていくわけですね。そのような行為は自分の子供が見て育つし、危害を加えられた人の恨みは買うし、その時は「ざまあ見ろ!」と思っていても時間が経つに連れて自分の行為が災いとなって自分の人生に返ってきます。


大体いじめの心を持っている人は「みんながやっているからこれぐらいは許される」とか「自分がいじめられる側になったら嫌だ」とか「お前なんかこのような目に遭わせてやる」とか思いながら人生を過ごすのです。いじめられて弱っている人間を見て「ヒッ、ヒッ、ヒッ」と喜ぶわけですね。このような心を持っている人間が幸せな人生を過ごすわけが無いのです。これがなかなか分からない人が多いのですね。そして自分だけは大丈夫と思ってやってしまうのです。


自分が嫌いな人間が困るのを見て喜ぶ心があれば、自分はなかなか幸せな人生を歩めないなと思って置いた方が良いでしょうね。大概は「ざまあ見ろ!」と言って喜ぶのですが、これが問題なのです。脳生理学の実験で、自分が嫌いな人間をやっつけたり、困っているのを見たりすると脳に快楽物質が分泌されるようになっています。だから嫌いな人間が困るのを見て喜ぶのですね。これが持って生まれた「煩悩」というものです。人間は放って置くとこのような煩悩に支配されてなかなか幸せになれないようになっています。


元々人間の心や行動を支配しているのはDNAのプログラムです。DNAの目的は自分のコピーをより多く作ることですからその目的が達成されれば良いのですね。DNA的には自分と自分の子孫さえ良ければ他はどうなっても良いのです。だから、自分が嫌いな人間が困ると脳に快楽物質が分泌されるようにできているし、世の中に争いが絶えないようになっているのです。


ただ、DNAのプログラムだけでランしているだけの人生を送ると人間は必ず不幸になるようにもなっています。何故ならこのDNAのプログラムがいろいろな「煩悩」の元だからですね。だから「持って生まれた煩悩」と言うのです。このDNAプログラムこそ煩悩の親分である「無明」とか「自我」と呼んでも良いでしょう。こういうところを2500年前に生物学的な実験抜きで真理として見通したお釈迦様は凄いなと思いますね。


このもって生まれたDNAのプログラム「無明」をコントロールする術を知らなければ人間は不幸になるようになっているのです。だから人間は自分の欲をコントロールする術を知らなければならないのですね。煩悩に流されて生きると人間は不幸になるようになっていますから、こいつを何とかしなければならないのです。その為には私達は「智慧」を身に付けなければならないのですね。


元々「無明」という仏教用語は「智慧が無い」という意味です。「無明」が人間の苦しみの元なのですね。だから「無明」から抜け出すには「智慧」を得るしかないのです。この智慧を得る方法、自我を無くす方法が坐禅です。この智慧を得て自我を少なくしていけば絶対的な心の平穏が訪れるのですね。これが「幸せ」です。「智慧」とは正しい知識プラス正しい行動のことです。


放って置けば「人生は苦である」わけですから智慧を得て自我を少なくして「幸せ」になる方法を説いたのが仏教、仏の教えなのですね。だからお釈迦様は「放って置けばみんな人生は苦になるけれども、僕は色々試してみて心に絶対的な平穏が訪れる八つの方法を見つけたよ。それを一応「八正道」と呼ぶことにするね。だから皆も幸せになりたいのならこの方法を試してごらん。ちゃんとやればみんな幸せになるようにプログラムされているから。」と言っているのがお釈迦様の教えです。


元々「死にたい」と思っていた私も騙されたと思ってこの方法を試してみたら、本当にお釈迦様が言うように幸せになっていくので「これは本物だ!」と思うのですね。だから皆さんもどうぞ坐禅から試してみてください。苦しみから抜け出していく事が出来ますよ。


合掌


仏光

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