淡々と生きる | 仏光さんの心の相談室
2012-10-12 06:15:32

淡々と生きる

テーマ:人生

私はこの3年半の間、毎日ほぼ同じ事をして過ごしています。基本的には自分の仕事場で一日の大半を仕事をして過ごします。仕事以外は坐禅をしているかブログを書いているか食事か風呂ですね。だから朝起きて先ずは坐禅、簡単な朝食と朝風呂、そして仕事に行きます。大体朝の9時から夜の9時まで毎日12時間仕事をして、帰って来たら軽い夕食をとってブログを書いて寝ます。夜帰ってくるのが遅くなると朝にブログを書きます。これをほぼ毎日繰り返しているのですね。


これはつまらなさそうに見えますが、実はそうでもありません。毎日淡々と過ごす事と無事に過ごせることが幸せなんだなと気付いたのですね。白隠禅師の師匠である正受禅師は田舎の庵で毎日畑を耕し、坐禅をして暮らした人です。もちろん元エリート武士ですから、その知識、見識そして武道においても卓越した人です。普通の人はこれを武器に世の中に出て金や権力、肩書きを求めて「これだけ偉くなったぞ、フニャ~!」とやるわけですが、この正受禅師、臨済禅の世界では正受老人と言われていますが、はそういうことはしなかったのです。代わりにあくまで質素な禅的生活と弟子を育てる事しかしていません。


私はこのような生活態度がいいなあと思いましたので、正受老人の真似をしているのです。とは言え、正受老人と比べるとまだまだ贅沢をしているなと思っています。なかなか江戸時代に生きた人の真似をそっくりすることは難しいですね。でもこのような生活態度は、人生を穏やかにします。若い頃の私はそれこそ冨と名声を求めて世界中を飛び回っていましたが、外資の社長になりそれらをある程度得ても何も幸せにはならなかったです。


それから比べると今の生活は静かな海みたいに穏やかで幸せですね。自分のしなければならない事は一生懸命誠実にして、その日会う人はみんな大切にする。これを毎日続けているだけです。でもそれがこの穏やかな生活を創ってくれているのだなと思います。正受老人が畑仕事と座禅の修行を日課にしていたように自分もすればいいのかなと思っていたら案の定そうでしたね。これは大変ありがたいと思います。


そのようにしていると毎日変化が無いかというと、そうではなくてちゃんと変化はあります。穏やかな変化ですが諸行無常でありとあらゆるものはやはり変化し続けるのですね。その穏やかな変化も楽しみの一つです。毎日同じような事をしているようでも、仕事の知識、技術は確実に向上しているし、坐禅でも自分の心の境涯の向上は目に見えないほどであっても確実に進んでいると日々の生活の中で実感できます。昔は大きな変化ばかり追い求めていたような気がします。それが立身出世型の価値観ですからね。変化が無いと自分が停滞しているくらいにしか思えないのです。まあ昔の私はその程度の心の境涯しか持っていなかったのですね。


毎日穏やかな生活の中で、四季の変化を感じ楽しむくらいの心の境涯が幸せなのだなと最近思うようになりました。私達はどうせ死んだらそれで一巻の終わりです。人類が誕生したと言われる50万年前から現在までに世界中で一体何億人の人が死んでいったのでしょう?私も歴史の中ではその内その一人になります。やはり人間は生きている内が花なのですね。一分一秒でも生きているうちに幸せを感じる方がやっぱり勝ちだと思いますよ。今の私は淡々としていて無事に過ごせる一日が幸せな一日だと思っています。


合掌


仏光

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