わたしの知らない創価学会

わたしの知らない創価学会

信心のことと、世俗のこと。
はぐれ創価学会員の、ぼんやり日常。
もしも何か間違ったことを書いていたら教えてください。
記事の中、日蓮さんの遺文の引用は『新編日蓮大聖人御書全集 創価学会版』から題名・頁を示しています。

表現することには必ず責任が伴います。

 

それがどんなものであっても、誰も不快にさせないなんて不可能。

 

わたしはいつもそういうつもりでこのブログを書いてます。

 

むしろ、ブログなんて嫌われてナンボなんじゃないかな🤔

 

特にこんなテーマ(創価学会)なんかで書いてたらね😅

 

あちこちにいい顔してたくさんの人に読んでもらおうとする方法もあるだろうし、逆にわざと物議をかもすようなことを書いて炎上させる方法もあるだろうけど、そういうのはわたしがやらなくても既に誰かがやってますから。

 

 

前にも書いたけど、わたしは自分の感じたこと、考えたことをできるだけ正直に書くようにしてます。

 

それをどのように受け取るかは読んだ人の自由。

 

わたしから「こんな意図で書いたからこう読んで!」てお願いすることはできません。

(そんなお願いをしなきゃいけないような記事なら書かない方がマシです💧)

 

だから、それを読んで不快な思いをする人がいるのは当然。

 

特に、こんなテーマ(創価学会)で書いてたら!

 

 

でも、それを怖がってたら何も書けません。

 

 

少なくとも、わたしは自分の言葉にきちんと責任を持ちたいな、て思ってます。

(どのくらいできてるかはわかりませんけど…)

 

「書くこと」は既にわたしの一部です。

だから、たとえわたしが書いたものを不快に思う人がいたとしても、やっぱりやめることはできないな🙄

 

それはわたしの「エゴ」なのかもしれないけど。

 

でも、わたしにとっては譲れない、大切なことなんです。

 

何かを表現することって、そういうことなんだと思ってます。

 

 

わたしの言葉でたくさんの人が変わるなんて思ってないけど、たった一人でもいいからわたしの記事をきっかけに何か考えてくれたらな😊