キテレツ今日は3年生を送る会で二曲演奏。
時間の関係でアンコールは無しとのことだった。
が・・・・
二曲演奏が終わると先輩からアンコールの声が上がり
生徒一同が アンコール(´▽`*)アンコール(´▽`*)
と盛り上がり
え?時間ないのにどうします?的に顧問もアタフタ。
すると・・・驚いたことに
先生方もみんな
アンコール(´▽`*)アンコール(´▽`*)とやり始めたとのこと。
そこまでやられてやらないわけはない
結局アンコールを入れて三曲演奏したとのこと。
終わってから廊下を歩いてると
二年生や三年生からも声をかけられ
教室に戻っても 同級生からも褒められたとのこと。
あまり多くは喋らないが
きっとちょっぴり嬉しかったのだと思う。
「この学校は先輩が同じ部活じゃなくても気さくに話しかけてくれる。
いい学校だよ。お母さん。」と
まだまだキテレツにとっては やらされてる感たっぷりの部活だが
くじけることなく3年間続けてくれたらと思う。
高校に行っても続けろとは言わないけど
嫌だからとかだるいからとか
そんな理由で辞めるような人間にはなって欲しくない。
二年生も楽しい学校生活になったらいいね。
明日は部活で三年生を送る会をやるらしく
各自おやつを200円分持ち寄るらしい。
只今キテレツ勉強中のため
お菓子買いに行ってきます('ω')ノ
時間の関係でアンコールは無しとのことだった。
が・・・・
二曲演奏が終わると先輩からアンコールの声が上がり
生徒一同が アンコール(´▽`*)アンコール(´▽`*)
と盛り上がり
え?時間ないのにどうします?的に顧問もアタフタ。
すると・・・驚いたことに
先生方もみんな
アンコール(´▽`*)アンコール(´▽`*)とやり始めたとのこと。
そこまでやられてやらないわけはない
結局アンコールを入れて三曲演奏したとのこと。
終わってから廊下を歩いてると
二年生や三年生からも声をかけられ
教室に戻っても 同級生からも褒められたとのこと。
あまり多くは喋らないが
きっとちょっぴり嬉しかったのだと思う。
「この学校は先輩が同じ部活じゃなくても気さくに話しかけてくれる。
いい学校だよ。お母さん。」と
まだまだキテレツにとっては やらされてる感たっぷりの部活だが
くじけることなく3年間続けてくれたらと思う。
高校に行っても続けろとは言わないけど
嫌だからとかだるいからとか
そんな理由で辞めるような人間にはなって欲しくない。
二年生も楽しい学校生活になったらいいね。
明日は部活で三年生を送る会をやるらしく
各自おやつを200円分持ち寄るらしい。
只今キテレツ勉強中のため
お菓子買いに行ってきます('ω')ノ
昨日で震災から2年が経ち
今日からまた 未来に向けてスタート。
現地が元通りにはならずとも
きちんと 今までのように生活できる状況に
一日も早くなってほしいですね。
人生いろいろとあるけれど
震災を機に 我が家も色々と変化しています。
震災のあった日から 全てが変わった。
あの日夜中にどうにか帰宅したお父さんに
テレビを見ながら
「早く 支援物資を どうにかしてあげて」
と大きな声で言ったら
「もう 20トントラックに積んで4台出発しましたよ。」と
その指示を終えて
連絡がつかない私達を探しに家に戻ってきた。
その日から我が家は色んなことがあった。
キテレツにわかりやすく状況を説明。
原発が爆発したら大変だということも説明。
お父さんは 被災地のことがあるのでにげられないこと
お母さんは チャリティーイベント出演のため逃げられないこと
キテレツは健康で元気に生きて
こうなってしまった日本をこれから支えていかなければいけない年齢
だということを話し
一人新幹線に乗せ 田舎に行かせ
状況がわかるまで東京には戻さなかった。
二年間被災地と東京を往復し仕事を続けてきたおとうさん。
昨日はどんな思いだったんだろうか?
この4月から お父さんは宮城に住む。
行ったり来たりの二年間だったが
住んだ方が 一日でも早く仕事が進むからだ。
私たちの生活も現地が復興するまで終わりません。
一日も早い復興 お祈りします。
みんなでがんばっぺ。
今日からまた 未来に向けてスタート。
現地が元通りにはならずとも
きちんと 今までのように生活できる状況に
一日も早くなってほしいですね。
人生いろいろとあるけれど
震災を機に 我が家も色々と変化しています。
震災のあった日から 全てが変わった。
あの日夜中にどうにか帰宅したお父さんに
テレビを見ながら
「早く 支援物資を どうにかしてあげて」
と大きな声で言ったら
「もう 20トントラックに積んで4台出発しましたよ。」と
その指示を終えて
連絡がつかない私達を探しに家に戻ってきた。
その日から我が家は色んなことがあった。
キテレツにわかりやすく状況を説明。
原発が爆発したら大変だということも説明。
お父さんは 被災地のことがあるのでにげられないこと
お母さんは チャリティーイベント出演のため逃げられないこと
キテレツは健康で元気に生きて
こうなってしまった日本をこれから支えていかなければいけない年齢
だということを話し
一人新幹線に乗せ 田舎に行かせ
状況がわかるまで東京には戻さなかった。
二年間被災地と東京を往復し仕事を続けてきたおとうさん。
昨日はどんな思いだったんだろうか?
この4月から お父さんは宮城に住む。
行ったり来たりの二年間だったが
住んだ方が 一日でも早く仕事が進むからだ。
私たちの生活も現地が復興するまで終わりません。
一日も早い復興 お祈りします。
みんなでがんばっぺ。