最近の「皇族萌え」について、過去を回想する | ワーカーズの直のブログ
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象徴天皇制の銭金の面―皇族離脱と皇室経済法―

 皇室関係年間予算は約百七十五億円、警備予算は約八十八億円

 天皇家の紀宮と東京都職員の黒田慶樹氏との婚約が発表された。

 折からの新潟県中越地震の被災地を巡る天皇皇后の視察と相俟って、「国民に心を寄せる皇室」とのイメージ操作がまたまた展開されたのである。

 確かに四十四年ぶりの天皇家の女性の結婚である。先の昭和天皇の五女であった清宮貴子の結婚会見での「私の選んだ人を見てください」発言は、当時大変な流行語となる。

 しかしながら、選んだ結婚相手は、中世以来の知らぬ人なき名家である島津家であり、言ってみれば、そもそも選択の対象は旧華族しかなかったのである。

 もちろん今回の結婚話も全くの私事ということではない。今回秋篠宮と関係の深い黒田氏との婚約内定は、結婚による天皇家の長女の皇族離脱という問題を鋭く提起している。

 ここで問題を私たちが正確に認識するため、皇室関係の年間国家予算を解説しておく。

 皇室関係の予算を大別すると,皇室費と宮内庁費との二つに分かれている。

 皇室費は、さらに内廷費・宮廷費・皇族費の三つに分かれている。内廷費は、天皇・内廷にある皇族の日常の費用その他内廷諸費に充てる。

 法律により定額が定められており、平成一六年度は、三億二千四百万円で、内廷費として支出されたものは、手元金となり、宮内庁の経理する公金でなくなる。

 宮廷費は、儀式、国賓・公賓等の接遇、行幸啓、外国訪問など皇室の公的活動等に必要な経費、皇室用財産の管理に必要な経費、皇居等の施設の整備に必要な経費などで、平成一六年度は、六三億三百二万円で、宮廷費は、宮内庁の経理する公金である。

 皇族費は、皇族としての品位保持の資に充てるためのもので、各宮家の皇族に対し年額で支出される。皇族費の定額は法律により定められ、平成一六年度は、三千五十万円で、各皇族ごとに皇族費を算出する基礎となる額となり、平成一六年度の皇族費の総額は、二億九千九百八十二万円で、皇族費として支出された経費は、各皇族の手元金となり、宮内庁の経理する公金ではなくなる。

 なお、皇族費には、皇族が初めて独立の生計を営む際に一時金として支出されるものと皇族がその身分を離れる際に一時金として支出されるものもある。

 さらに宮内庁費とは、宮内庁の運営のために必要な人件費・事務費などが主なもので、平成一六年度は、百八億三千二百五十七万円である。

 その他の天皇が必要とする特筆すべき国家機関に、明治一九年、宮内省に皇宮警察署として誕生し、その後幾多の組織的な変遷を経てから、昭和二九年の新警察法の制定に伴い警察庁の附属機関となり、名称が改称された皇宮警察本部がある。

 皇宮警察は、天皇および各皇族の護衛や皇居・御所・御用邸などの警備を専門に行う国家警察で、都道府県警察のような刑事部門や交通部門などはない。

 皇宮警察本部の職員は、皇宮護衛官・警察庁事務官と警察庁技官で構成され、身分は国家公務員である。昨年度は、陣容も約千人、予算規模も八十八億四千万円に迫る一大組織である。

 今までの記載から私たちが確認したように、国民統合の象徴として、戦後憲法で象徴天皇制を抱え込んだ日本国家は、現実的に生死する生身の天皇を持つことにより、その生活と身辺の警護の必要に迫られ、他の先進民主政体の国家と比較しても、直接に約百七十五億円ほど、間接的に約八十八億円ほどの合計二百六十六億円の余計な予算を、国家予算として持つことになる。

 すべての日本人は、今回の結婚について云々する前に、このように象徴天皇制の維持に費やされている銭金の面についても、同時に論議していかなければならない。

 ほとんどの人々は、日本は民主政体の国家だと考えてきたであろう。日本の本当の姿は今明らかになったように私たちが税金で養っているお飾りの天皇が鎮座まします階級国家なのである。

 しかし実際の処、何という税金の浪費であろうか。天皇に幻惑させられている人々は、皇族に支出された国家予算の規模がどのくらいのものであるか正確に認識しているのであろうか。

 私たちは時代遅れの象徴天皇制の即時廃止を要求する。ここにこそ構造改革のメスを大胆に入れるべきではないだろうか、私たちはそのように確信しているのである。

皇室離脱の一時金は一億五千万円

 普通人なら全くの私事でしかない結婚が、皇族の結婚となると単なる私事とはならない。まして、四十余年ぶりの皇族からの離脱による結婚である。

 今回発表された紀宮の結婚で、皇族から離脱する際の一時金は、一体いくらなのであろうか。私たちの関心は、当然にもそこに思い及ばざるをえないのである。

 そのため、普通目にしないその根拠となる皇室経済法の一部分を引用することにする。

 第六条 皇族費は、皇族としての品位保持の資に充てるために、年額により毎年支出するもの及び皇族が初めて独立の生計を営む際に一時金額により支出するもの並びに皇族であつた者としての品位保持の資に充てるために、皇族が皇室典範の定めるところによりその身分を離れる際に一時金額により支出するものとする。その年額又は一時金額は、別に法律で定める定額に基いて、これを算出する。
 2 前項の場合において、皇族が初めて独立の生計を営むことの認定は、皇室経済会議の議を経ることを要する。
 3 年額による皇族費は、左の各号並びに第四項及び第五項の規定により算出する額とし、第四条第一項に規定する皇族以外の各皇族に対し、毎年これを支出するものとする。
  一 独立の生計を営む親王に対しては、定額相当額の金額とする。
  二 前号の親王の妃に対しては、定額の二分の一に相当する額の金額とする。但し、その夫を失つて独立の生計を営む親王妃に対しては、定額相当額の金額とする。この場合において、独立の生計を営むことの認定は、皇室経済会議の議を経ることを要する。
  三 独立の生計を営む内親王に対しては、定額の二分の一に相当する額の金額とする。
  四 独立の生計を営まない親王、その妃及び内親王に対しては、定額の十分の一に相当する額の金額とする。ただし、成年に達した者に対しては、定額の十分の三に相当する額の金額とする。
  五 王、王妃及び女王に対しては、それぞれ前各号の親王、親王妃及び内親王に準じて算出した額の十分の七に相当する額の金額とする。
 4 摂政たる皇族に対しては、その在任中は、定額の三倍に相当する額の金額とする。
 5 同一人が二以上の身分を有するときは、その年額中の多額のものによる。
 6 皇族が初めて独立の生計を営む際に支出する一時金額による皇族費は、独立の生計を営む皇族について算出する年額の二倍に相当する額の金額とする。
 7 皇族がその身分を離れる際に支出する一時金額による皇族費は、左の各号に掲げる額を超えない範囲内において、皇室経済会議の議を経て定める金額とする。
  一 皇室典範第十一条、第十二条及び第十四条の規定により皇族の身分を離れる者については、独立の生計を営む皇族について算出する年額の十倍に相当する額
  二 皇室典範第十三条の規定により皇族の身分を離れる者については、第三項及び第五項の規定により算出する年額の十倍に相当する額。この場合において、成年に達した皇族は、独立の生計を営む皇族とみなす。

 ここ十数年に及ぶ長期不況下で、生活保護認定が一段と厳しくなったこともあり、生活苦に呻吟する一般民衆の生活とは比較を絶して、皇族については、このようにあまりに手厚い保護がある。

 このことを読者に実際に確認して頂きたかったこともあり、敢えて長々と引用した。全くもって酷税にあえぐ私たちには腹立たしい記載ではないか。

 ここで読み取れたように離脱一時金は、算出する年額の十倍に相当する額である。

 なるほどなるほど、法律では、言葉使いにおいても庶民と差をつけて、皇族には給付する年額や支給する年額との言い方ではなく、皇族たちが国家から税金でもって養われている事実を少しでも意識させないように知恵を絞り、算出する年額というのだ。まさにこれは官僚の知恵の極致ではある。

 紀宮は、皇室典範一二条の規定により結婚後は皇籍を離れ、一般市民と同様に戸籍を持つ。そしていわゆる持参金にあたる「皇族の身分離脱の際の一時金」が支給されることになる。前例となる四十四年前の清宮の場合は千五百万円であった。

 マスコミの報道によると、紀宮の一時金の額は、一億五千二百万円を限度とし、皇室経済会議の論議を経て決定されると報道されている。今はそれ以上の予想がつかない。

 しかし、その論議の前提となる金額は、年収七百万円の結婚相手の黒田氏にとってみても、また普通の人々から見ても、想像を遙かに超えた額であることは明らかだ。それにしても、「皇族であつた者としての品位保持の資に充てるために、皇族が皇室典範の定めるところによりその身分を離れる際に」一時金を与えるとの皇室経済法とは、一体何なのだろうであろうか。

 そもそもある意味で結婚は全くの私事である。それなのにこの厚遇。まさに至れり尽くせりの国家的保護ではあると断じる他はない。

 ここでは、憲法の大前提である法の下の人間の平等などという理念などは、全く消え失せてしまっているのだ。このように象徴天皇制と民主政体は両立しないことが、ここまではっきりと露呈してしまったのである。

 日本国家は前近代国家だ、と事あるごとに私はよく言っている。もちろん冗談なのだが、このことについて言えば、マスコミの結婚美化のための狂態に怒りを募らせるとともにこの深刻な不況の時代に何とも呆れ果てた無駄金使いだというしかないのである。