ゆまのすけのブログ

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観に行きました美術関係の展覧会やイベントの感想を、
自由に言いたい放題書くためのブログです。

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鑑賞しながら考えたのは、絵として成立するということ。
決して大きくないのに、緻密に描き込んであるわけではないのに、確かなパワーと存在感を放つ作品たち。
近づいてみれば近づいてみるほど不思議。 筆の動きがわかるくらい荒い絵の具のストローク。
それがのびやかで自由で気持ちいい。
 色と、絵の具と、そしてなによりモチーフとなっている人物と会話しているかのように描かれている油絵。
おそらく、ポイントポイントでとめるところはとめているというか、引き締まる部分がきちんと画面上にあるから、絵として成立しているし、存在感や安定感を放っているのだろう。

版画作品も多く、特に銅板のモノクロの版画が魅力的だった。
しっかりとした太い線で表現される光。
 ニュアンスのある淡いグレーの気配。
 空白に漂う空間の意識。
 それらは油絵よりは控えめに、だけれど確かに語りかけてくる。

行ってきました。話題のアーツ前橋へ。

片道2時間半かけて電車で前橋まで。

 

展示の内容の前に、箱の話を。

展示スペースのつくりがとても面白いです。

ぜひ行って体感していただきたいのであまり詳しくは書きませんが、どんどん下へ、ぐるっとぐるっと進んで行きます。

上の階へ、下の階へと、1フロアまるごと縦に移動することはよくありますが、ここのつくりは階でわけられている構造ではありません。

千葉の土気にあるホキ美術館とやや似たアプローチの仕方かしら。

ただホキは直線、アーツ前橋は円というか渦というか。

面白いところに受付(入口)があり、まず展示室内に階段があるというね。

これにはびっくりしました。

通常展示室内や鑑賞空間には階段はできるだけ排除していくはずなので。

でもね、この階段の通路のまっすぐな感じ、どこか好きだな。

直島、地中美術館のウォルター・デ・マリアの作品空間を思い出しました。

 

そもそもね、アーツ前橋とはなんなのか。どんな施設なのか。

そこからです。

まあ、分類をするとなると美術館(博物館)ということになるのでしょうけど、名前に「美術館」も「ミュージアム」も「~館」もなくて、「アーツ前橋」なんですよ。

「アーツ」はArtsということでいいのでしょうか。

いわゆる従来のホワイトキューブという性質をもつ「美術館」という印象は弱いです。

それは先ほど触れた階段のことがあったり、天井には空調等の配管が丸見えであったり、建物の外観からも内部の雰囲気からも、美を鑑賞するといった重々しい雰囲気はありません。

今回の白川さんの展示は、この箱の中で面白く見ることができますが、他の展示内容ではどうなのでしょう。今後の展示に注目したいところです。

先ほど述べたように従来のホワイトキューブとはどこか異なるため、作品を並べる、設置するということにも工夫が必要になってくると思います。

 

展示内容は白川さん(作品)のあんな面、こんな面、そんな面をいろいろ見せてもらえるかんじ。

作品数は32点ですが、おなか一杯になります。

私のお気に入りは《イエロープラン》、《3×3×3×3》、《2×2×2×2×2》です。

また、スノーボードシリーズは興味がもてました。

その他もユーモアのあるもの、思わずくすっとするもの、じっくりみて考えさせられるもの…、いろいろあります。

展示を見る前からでしたが、見てさらに白川さんへの興味と、面白い人だなと思うようになりました。

って、実はほんのちょっとですが本人に出逢えたのですけどね。

全然かざってなくて素敵な方でした。

前橋という土地へはふらっと行きにくいですが、あまり気負わずふらっと観に行ってほしい展示です。


研究室の方々が気になる風景を写真に収め、その風景のどこが気になるのか考え分類し、その集積から風景や空間や環境を読み取るというもの。
やっていることは面白いと思う。
実際に面白い写真、これいいな!っていうお気に入りの写真がいくつもあって、そういうものをみるとわくわくします。

どう読み取れるとか、そういうところまでは提示していなくて、タイプ毎に分類し、それを並べて見せるまで。
そういう紹介形式もそれはそれでいいのだけれど、それならそれでもうちょっと展示方法を考える必要があったのでは?とも思う。
限られたスペースで難しいとは思うが、ちょっと見づらい。
変に強弱つけたりせず、あのように均等に並べる、番号を振って分類するということはいいと思うけれど、本当にただただ並べているだけで、「ふーん」とか「この写真面白い」の次に考えをもっていくのはちょっとやりづらい印象。

また次に違う会場で展示の仕方を工夫してやってくれたらいいな。

私が今まで見てきた絵画作品とは少し趣が違うタイプで、どうなんだろうと思いながらも行ってみました。
ある程度の規模がある美術館の企画展示での展示総数は私は100点を切るくらいが理想だと考えているのですが、今回の展示、作品数が約150点あるとのことで、最後には鑑賞に疲れていやだなーと思ったりしていたのですが、疲れることもなく最後まで見れました。
むしろ、後半のほうが中村さんの絵画の面白さに気がついて、面白がりながら見ることができました。

大まかに絵のモチーフやテーマごとにざっくり分けて順に見せていくような展示構成。
大きな作品ばっかり。
大きければいいなんて思っていないけれど、あれだけ大きい画面で、あれだけの絵の具の使い方で、ストロークもしっかりしていて、見ていて気持ちいいくらいです。
いくつかお気に入りの作品も見つけて、なんだかんだ楽しんでしましました。

ただ、途中で挟まれるようにやってきた過去の作品コーナー、あれなんなんでしょうね。
いらないのではないかしら。
あと、出品目録のうしろにある大まかなテーマ解説、学芸の人が書いているみたいですが、これもちょっといまいちだったかな。
鑑賞の糸口になるのかもしれないけれど、鑑賞と文字の関係の問題ですよ。
なんでも言葉をつかって説明すればいいなんてことじゃなくてね。
書いた文章を中村さんにも確認してもらって校正とかしたりしてるでしょうけど、もし私だったら、
あの文章はいやだなって思っちゃう。

展示室の使い方は最初はあれ?って思ったりもしたけれど、ちょっと面白かったなって思ったりしています。

私にしては珍しく、ポジティブにパワーをもらって帰ってこれた展示でした。
もうね、大満足です。いい展示でした。
内容はとにかく「米、こめ、コメ」
お米のすべてが対象になり、多角的に様々なアプローチの仕方でお米に迫っています。
そもそも植物としてどんな種なのかとか、どんな種類があるのかとか、どのようにして食べられるのかとか…。
いわゆる「お米」の粒だけではなく、イネ、ワラ、日本酒といった、本当にお米のすべてを取り上げていました。
そこにはユーモアも添えてあります。

この春から勤務している美術館の目の前には棚田が広がっていて、美術館経営と棚田は切り離せるものではなく、棚田、農業といったキーワードが私のなかに組み込まれたばかりでした。
畑を耕すとか、漁をするとか、そういう第一次産業がやっぱり人の営みの根幹を成す、忘れちゃいけない部分なのではないかと。
豊島でもお宅の前に小さくても皆さん畑を持っていて、きれいにお手入れしてあって、やっぱり土に触れて生かされているんだなあと思ったりしているのです。

この展示は普段当たり前のように食べているお米を見つめなおすきっかけになります。
それに加え、やっぱりお米は日本人の暮らしと切っても切れない関係なんですね、人の営み全体、日本文化や思想、人生観…様々なことを考えさせられます。
冒頭でいい展示だと書いたのも、展示内容から考える、気がつくヒントがそれぞれあって、それもわかりやすいヒントで、そこから各々が思うがままに思考が広がり、そして考えさせられる問題が身近で日本人なら誰もが共有できることで、でも深くて…。

稲作がどれほど人にとって大きな存在である(だった)ことでしょう。
暦にも信仰にも深く影響しあい、日本人の文化、思想が形成されていることがわかります。
そういうところが私には特に興味深く感じられます。
伊勢神宮の式年遷宮にも関わってくるだとか、山の神が春に里に降りてきて田の神になるとか…。

ドキュメンタリー映像の一部で田の神様を家にお迎えし、労う様子がありました。
衝撃でした。
自然と共に生きている姿に安心し、日本人の心の穏やかさ、謙虚さをみました。
こんなにも素敵な文化、思想をもっていることを誇りに思えるほどです。

今の人間が、私がこうしてこの大地にたって生きていること、それがお米を紐解いてみるだけで、あまりにも長い時間の延長にいることに気付かされます。
この営みが過去から現在に、そしてこれからの未来につながっていくこと、そこには人のはたらきと知恵と思いとがつまっている。
壮大すぎるというか、大袈裟なものいいかもしれませんが、この長い長い時間の現在という場にいることに感謝の念が湧いてきました。

わすれかけていたなにか、見ないようにしていたなにか、今まで気にするほどではないと思っていたなにか、そのようなものを優しく気づかせてくれる、そんな展示です。