I still love you -Freddie- | ブレインレスキュージャパン。・。☆

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あなたの心と身体の痛みを取るための、
メスも薬も使わないメソッドです


テーマ:

愛する人がいますハート

 

それは

ボナパルト・・・

キャパ・・・

そしてマーキュリーハートです

 

 

マーキュリーは私にとって哲学です

彼はリニア的世界感の中で限界までプリテンドを尽くした偉大な私のラバーハート

彼がもっともそのリニアのなしえる最高の材料をニューヨークでインプットしていた時、同じ空間に私も短い間、ニューヨークに住んでおりました。

中でもあのほんの一部のエリアは狂気の街であり、さらなる狂気を発散する事が評価される街でした。私はメークアップアーティストのマツモトに連れられてあちこちのクラブに行きました。その頃は自分の中の奇抜を120%物理的にまとっていないとそのクラブの中に入れる権利をもらえず、夜中まであちこち入れてくれるクラブを探して歩きます。幸い私はアーティストのマツモトが作った芸術的な衣服を着て、変わったヘアメークを施していましたので、おそらくマーキュリーもいたであろう有名なクラブにも入る事ができました。そしてそこは地球上の社交場とは思えない光景が広がっておりました。美しいを超えてました。中でもゲイの方のファッションや素振りは目を奪う程素敵でした。あの狂気の世界で生きていればこの夜が終わるまでの事しか考えられなくて当たり前だし、夜が終わるともまた思えないとそんな世界感があるニューヨークでした。しかし、その狂気の夜は終わりが来るという事が時の流れとともに痛いほどに思い知らされました。それがHIVだったのかもしれません。

高みから一気に地獄にたたきつけられたあの時代のリーダーたちの中でマーキュリー程美しく、優しく、微笑えみ、最後の瞬間まで気高くプリテンドした勇者はいないと思います。

マーキュリーは最後の時が近いと思った時、「もっと歌を書いて、もっと曲を作って、僕は何でも歌うから」と言ったそうです。

人は自分の事でいっぱいになると「使命」を忘れ幽霊になると思います。ほとんどの人がそんな時には自分の役目など放り出し、あちこち救済者を求めてみじめに命乞いをします。しかしマーキュリーは最後の最後まで歌い続けたし、その歌声はまるで劣化せず最後まで美しかった。

 

マーキュリーが亡くなってあと1995年に出たアルバムは私の宝物として、いつでも引き出しの中に入ってますハート

今日はマーキュリーの27回目の命日ですまじかるクラウン

いつまでも愛してますハートI still love youハート

 

今日はマーキュリーをしのんで、一緒に語り合いながらネイルをしていただきました。

ーネイルクラッシー自由が丘ー

https://nailbook.jp/nail-salon/18091/

 

 

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