阪神淡路大震災で神戸は壊滅的な被害を受け、また多くの方が亡くなられました。そんな状況下で、こころを癒してくれたのが、オリックスブルーウェーブの奇跡の優勝劇でした。


1995年1月17日の阪神淡路大震災。選手も全員被災者でした。移動、練習でもかなりのハンディがあったと想像されます。そんな中、野球で神戸を癒そうと、腕に「がんばろうKOBE」の文字を入れて、練習、試合に臨む選手の姿。その立役者となったのが、仰木監督でした。

がんばろう神戸とイチロー


その年、オリックスは8月にマジックが出るほどの快進撃。独走でリーグ初優勝を遂げました。やはり、強い思いがあると、人は強くなれるんですね。そして、その快進撃の様子は、落ち込みがちな被災者のこころを強く勇気づけてくれました。


当時、街には、「がんばろう神戸」の横断幕、旗、ステッカーを貼った車がたくさんありました。復興をみんなで頑張ろう、元の神戸を取り戻そう、その合い言葉が、「がんばろう神戸」でした。いまでも、その文字を見ると、震災後のみんなで支え合った日々が思い起こされます。


そしてオリックスは、翌1996年も、苦労しながらリーグ優勝を成し遂げました。優勝を決めたその試合、幸運にも球場で試合を観戦していました。


日時は、忘れもしない9月23日。相手は、日本ハム。試合は、逆転、逆転が続くシーソーゲーム。5対6とオリックス一点ビハインドで9回ツーアウト。もう今日は負けるかと思ったその時、D.Jが奇跡の同点ホームラン。試合は延長戦へ。


そして、10回裏、ノーアウト1塁からバッターはイチロー。放った打球は、レフト線へ。さよならツーベースヒット。いつもは感情を表に出さないイチローがガッツポーズしながら、ジャンプしていた姿を今でも鮮明に覚えています。

ガッツポーズするイチロー

ジャンプするイチロー


そして仰木監督の胴上げ。そして、そして、ペナントフラッグの受け取り。球場にはいつまでも歓声が続いていました。

ペナントフラッグ

ウイニングラン

そして、その年、オリックスは日本シリーズを制し、初めての日本一に輝きました。


オリックスブルーウェーブ、イチローをはじめ選手の皆さん、そして仰木監督には、本当に多くの勇気を頂きました。

歓声に湧く観衆


本当にみんなに愛された仰木監督。この12月15日に帰らぬ人となられましたが、頂いた勇気は、被災者のこころの中にいつまでも生き続ける事でしょう。


今日の写真、「勇気を頂いた仰木監督の笑顔」

笑顔の仰木監督



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