みなさん、こんばんは
このブログをご覧頂き、有難うございます。

元銀行員の中小企業診断士で産業カウンセラーでメンタルレスキューカウンセラーの「しゅんさん」こと、本多です。

今日、4年間非常勤講師を務めさせて貰った仕事の最終日でした。正確にはまだ単位認定試験の問題作成と採点が残っていますが、学生の前で話しをするのは終わりました。

元々、この仕事は中小企業診断士協会に手形小切手を教えられる人はいないかとの問い合わせがあり、講師の公募があったので私が手を挙げた事で始まりました。

元銀行員の中小企業診断士はたくさんいますが、手形小切手法を自信持って教える事が出来る人は少ないと思います。

実は私が手を挙げられたのは銀行員として道を外れたから、手形小切手の知識が他の銀行員とは違う経験が出来たからなのです。

若い頃の私は短気で上司とよく衝突しましたし、バセドウ病で休職するなどの事から左遷されました。その部署は銀行の全店からその日に受け入れた手形小切手などを深夜までかけて仕分け集計する所でした。

今から約30年以上前だったので機械化されてなく、手作業で一枚一枚を電卓が大きくなったような機械に打ち込み、地域別、銀行別に集計して各地域に発送する仕事でした。

そこでは朝からの通常勤務と夕方からの2交替勤務でした。通常勤務では朝一番から銀行協会で福岡の全金融機関が集まる手形交換所に行くという経験をしました。

左遷で送り込まれる部署ですから、頑張っても評価されない中でも私は負けず嫌いなので誰よりも事務量をこなしました。

でも私にとっては、この左遷が人生を変える転機になったと思っています。ここでの勤務は3年間真面目に勤められれば支店に戻るので、冗談交じりですが懲役3年と言われていました。

逆に言うと3年後に支店勤務に戻った時に役に立たないと更に悪い事になるのは分かっていたので、支店勤務に比べると残業も少なく時間があります。私は支店に戻る時に備えて、自己啓発に取り組みました。

その前の私は勉強は嫌いだし、読書はほとんどしなかったのですが自己啓発本を読みました。

また、夜勤の時は昼間は時間があるので教習所に通ってオートバイの免許を取り、そのまま当時は難関と言われた限定解除(大型バイクの免許)も取得しました。

その当時、銀行があまり積極的には勧めていなかった「銀行業務検定試験」を毎回受験して、法務・財務・税務・金融経済・外為の試験をクリアしました。その流れで宅地建物取引主任者(現宅地建物取引士)も取得する事になりました。

もちろん、日常業務も懸命に勤めていたので手形小切手に関する知識を得ることができました。

その後、支店に戻った時は検定試験の勉強が役に立ち、業績を上げて高い評価を頂き、2年後には同期のトップクラスに近い形で昇進し、それからは順調な銀行員生活を過ごして、さらに自分のスキルを高めるために中小企業診断士にチャレンジして無事に資格を取得する事になりました。

さらに順調な銀行員生活から転勤を繰り返す中でうつ病になり、支店勤務が難しくなった事で再び手形小切手の部署に勤務することになりました。

長くなりましたが、要するに失敗して道を外れたところでも、その道でやるべきことをしていたので回り道をしながら今の仕事につながってきたという事なのです。

転んだら転んだで、その時にできる事を行っていれば道は開けるのです。このブログを見ている方の中に今はうまくいかない人がいたら、その状況をマイナスに取らずに今できる事を考えて、そして行って下さい。

そうすれば今の苦しい状況が、いつかきっと良い経験だったと思えるようになると思います。

最後までご覧頂き、有難うございました。