以前に観た映画のパンフレットを見ていたら、
宮崎吾朗第一回監督作品の「ゲド戦記」に目が留まりました。
もちろん、「コクリコ坂から」を観たから目に留まったのですが、
中を読んでみると、うならされるセリフがちりばめられているんです。
世の中の均衡が崩れ、人の頭を変にする災いがどこからやってくるのか、
探求のたびを続けていたゲドが、父を殺し、国を出てきた王子アレンに出会い、
ゲドは、アレンにも災いが及んでいることを知り、
旅を共にするようになります。
アレンは、謎の影に追われ続けていました。
アレンの不安な心は、心の闇を大きくし、その心の闇はアレンを奪ってしまった。
本来闇とともにあるべきもの、「光」を置き去りにして。
アレンを追っているのは、置き去りにした「光」が「影」になってしまったものでした。
世の中の均衡の崩れ、心の闇。
ゲドは、今の時代の混迷の謎に、渾身の力で立ち向かっている吾朗監督そのものだと思いました。
ゲドとアレンは、知り合いのテナーの家に身を寄せ、
アレンは顔に火傷を負った少女テルーに会います。
テルーは親に捨てられた子です。
確か、火傷は、親の虐待によるものだったと記憶していますが・・・。
吾朗監督は、必死になって世相を表現しようとしていたように思います。
なぜ、人は生きるのか。
命は、何故大切なのか。
この当たり前の常識が、常識でなく謎になっていることが、今の世の中の混迷を物語っています。
吾朗監督は、この大きなテーマの答えを出そうと、懸命になっていたと思います。
パンフに、答えに当たるセリフがあります。
ゲド「この世に永遠に生き続けるものなどありはしないのだ。
自分がいつか死ぬことを知ってると云うことは、
我々が天から授かった素晴らしい贈り物なのだよ。
わしらが持っているものは、
いずれ失わなければならないものばかりだ、
苦しみの種でもあり、宝物であり、天からの慈悲でもある。
わしらの命も・・・。」
テルー「死ぬことが分っているから、命は大切なんだ!
アレンが怖がっているのは死ぬことじゃないわ、
生きることを怖がっているのよ!
死んでもいいとか、永遠に死にたくないとか、
そんなのどっちでも同じだわ!
ひとつしかない命を生きるのが怖いだけよ!」
テルー「命は自分だけのもの?
あたしはテナーに生かされた、
だから生きなきゃいけない、
生きて次の誰かに命を引き継ぐんだわ。
そうして命はずっと続いていくんだよ。」
いずれ必ず失われるからこそ、今を大切に生きていかないといけない。
そして、命は自分だけのものじゃない。
誰かに引き継いでいくものだから。
そして、自分だけのものではない命、自分で奪う権利は無いのです。
当然、殺人者のものではない命、奪っていいはずが無い。
「だから、生きなきゃいけない」んです。
「コクリコ坂から」は純愛ストーリーで、それはそれでいい。
「ゲド戦記」は、命の真実に迫ろうとしたもの、そんな感じに受け取りました。
因みに、友人が小学校時代に、「ゲド戦記」(原作)を学校の図書館で見つけ、
「戦記」だから、戦士が勇ましく活躍するちゃんちゃんばらばらの話かと思って期待して借りたら、
魔法使いが、相手の真の名を知ることで、相手を支配するというどろどろした内容で、
がっかりしたという話を聞いて、笑った覚えがあります。
小学校時代に「ゲド戦記」をすでに読んでいたというのもすごいと思ったけど。
この映画「ゲド戦記」は、原作の一部分を映画化したもの。
永遠の命を捜し求める魔法使いクモが、アレンの真の名を聞き出して虜にし、
ゲドとテルーが、アレンを救うところが、この映画のラストです。
実はテルーが、永遠の命そのものだったというのだから、すごい。
一番大事なセリフが与えられているわけです。
テルーの声は手嶌葵さん。
吾朗監督作品にはなくてはならない存在になったのか、
「コクリコ坂から」でも主題歌・挿入歌を歌っています。