ボクシング大国メキシコが生んだ

新たなスター、エマヌエル・ナバレッテ

 

前回から引き続き、井上尚弥にも勝てると評判の高いWBO世界スーパーバンタム級王者エマヌエル·ナバレッテを紹介していきたいと思う。

まだ世界タイトルマッチ経験の浅いナバレッテだが、彼が確かな評価を手にしたきっかけとなったのは、やはり世界タイトル“初挑戦”“初防衛”で激戦を演じたアイザック・ドグボエとの2連戦だろう。

2018年12月ニューヨークにて行われたWBO世界スーパーバンタム級タイトルマッチ。ナバレッテにとって“初の世界挑戦”となったこの試合、相手王者ガーナ出身のドグボエ(20戦全勝14KO※当時)は若く勢いもあり世界的な評価も高かった。試合前の下馬評では「ドグボエ勝利」の意見が大多数を占めていた。



両者とも好戦的なファイターということもあり試合は白熱したものとなったが、挑戦者のナバレッテが体格を活かしたプレッシャーと多彩な手数により要所要所で王者を攻め立てる。試合後にはナバレッテから大量のパンチを浴びたドグボエの顔が変形してしまうほどに腫れ上がっていた。

判定までもつれ込んだ結果、ジャッジ3人全員がナバレッテを支持し“新王者”の誕生となったが、試合後には「ドグボエのコンディションが悪かった」「ナバレッテが勝ったのはまぐれではないか」とナバレッテの実力に対し懐疑的な意見も上がり、5ヶ月後の2019年5月にダイレクトリマッチを行う運びとなる。

王者と挑戦者の立場が入れ替わった再戦も初戦同様に白熱した試合となったが、ナバレッテの実力は“本物”だった。初戦以上に圧力をかけ圧倒的な手数で明白な力量差を見せつけたナバレッテが12ラウンドTKO勝利を掴むこととなる。世界的な強豪であるドグボエ相手に連勝を飾るとともに、初戦の勝利が“まぐれではない”ことを証明した試合でもあった。



長い手足と回転力の高い波状攻撃



筆者もドグボエとの試合で初めてナバレッテを見たのだが、何より“手足が長い”

公式発表によれば、身長170cmに対しリーチ(腕を広げた時の幅)が183cmもある。リーチの平均的な長さは身長とほぼ同じ(身長と5cm以内程度の差が最も一般的)とされていることを考えれば相当長い腕の持ち主ということが分かる。


体格を見れば腕の長さを活かした遠い距離からの戦いを得意にするかと思いきや、腕を畳んだフック、アッパー系のパンチを活かした近距離戦闘が非常に上手い。


もちろんリーチを活かした戦い方もできるのだが、距離を取るような速さ重視のジャブよりも、一発一発に力を込めたジャブを得意とし、打ち込める隙があると見るやどの距離からでも、力強いジャブ、右ストレート、左フック、左アッパーなどを振り回していく。


「え、この距離からフック届くの…?」という距離からでもパンチを当ててしまう“腕の長さ”は天性のものだ。


雨あられのような勢いで力を込めたパンチを連打するため、パンチの打ち終わりに体が流れているように見えることが度々あるのだが、絶妙なステップワークと優れた体幹によりどのような体勢からもパンチの打てる状態を崩さない。

パンチを打つときにガードが甘くなることもあるが、上半身の動きがとても柔らかく、見た目以上に相手のパンチを当てさせない、あるいは当たっても首を振って衝撃を逃す防御技術も備えている。なによりモンスター級に腕が長いため、ガードに徹した時にはボディも含め腕の中にすっぽりと体が収まってしまうので、相手からしたらパンチを打ち込める場所が見当たらない。



試合のペースもモンスター級

ドグボエとの再戦で初防衛に成功した王者だが、その3ヶ月後の2019年8月には当時20戦全勝の難敵フランシスコ・デ・ヴァカを相手に3ラウンドTKOの圧勝で2度目の防衛を果たす。

 

そして、なんとその“翌月”9月にはファン・ミゲール・エロルデ(28戦27勝WBOアジアパシフィック王者※当時)を相手に4ラウンドTKO勝利で3度目の防衛成功を収めている。

翌月12月7日には4度目の防衛戦を控えるが、近年稀に見るハイペースで試合をこなしている。2ヶ月連続で世界タイトルの防衛って…。現代では信じがたい化け物っぷりである。



日本のモンスター井上尚弥との試合は可能なのか?

前回の記事でも書いたように、このナバレッテと井上尚弥の試合は世界中のファンが今一番見たいカードのひとつである。井上が世界のスターになっていくためには最も重要な一戦となるだろう。



しかし現時点では階級が違うため、井上が階級を上げるのを待つ必要がある。井上は「バンタム級にまだ2~3人戦いたい相手がいる」と言っているが、その通りに事が運べば2020年内はバンタム級に留まることになる。仮に2021年に井上がスーパーバンタム級に転級することになった場合、果たしてそれまでナバレッテが待ってくれるだろうか。

ナバレッテは減量が厳しいと言った発言を繰り返しており、つい最近のメディアインタビューでも「同級のライバルであるWBA, IBF王者ダニエル・ローマン(30戦27勝10KO2敗1引分け)やWBC王者レイ・バルガス(34戦全勝22KO)との試合が実現できなければ、近い将来階級を上げたい」と話をしている。


ただ仮に、井上が階級を上げた時にナバレッテがスーパーバンタム級に留まっているのなら、試合は“高確率”で実現するだろう。というのも、ナバレッテは井上と同じトップランク社(米最大手のボクシングプロモーション会社)所属の選手なので、違うプロモーション会社同士での政治的交渉が必要なくなる。実現すれば間違いなくボクシングの聖地ラスベガスで“メイン”を張れる好カードだ。トップランク社CEOのボブ・アラムが放っておくわけがないだろう。



最後に少しだけ、試合が実現した場合の筆者予想も記しておく。

身長で5cm、リーチでは12cmも上回るナバレッテ。しかし、お互い好きな距離が似ている&スピードでは井上が圧倒していることを考えると、体格差は数字ほど気にする必要はないように感じる。

鍵になるのはパンチへの耐久性だろう。仮に井上がナバレッテのパンチを受けて早々に効かされてしまうようなことになった場合、井上のKO負けも有り得る。というのも、あのナバレッテの変則的な距離や軌道から飛んでくる切れ間のないラッシュを全て避けきるのはいかに井上といえど難しい。

“まさか”という遠い距離から伸びてくる左フックを被弾することもあるだろう。そこでの井上尚弥が見せる対応力は見所のひとつになるはずだ。

前述の通り、踏み込みやパンチの“スピード”では井上に分があるため、ナバレッテのパンチの軌道さえ読み切ればカウンターを当てることも可能になる。特に井上が得意とする左フックのカウンターは鍵になるだろう。ナバレッテは左を打つ時に右のガードが度々下がるので、場合によっては井上が左フックのカウンター一撃で試合を終わらせることも有り得る。

具体的な勝敗予想だが、


井上尚弥の4~6ラウンドKO勝利としておく。


ナバレッテも間違いなく素晴らしいボクサーではあるが、現時点で比較すると総合力では井上尚弥が一枚上手のように感じる。前半3ラウンドでパンチの軌道を読んだ井上が試合の中盤に“左のカウンター”で倒すのではないだろうか。長期戦になった場合は手数と体格に勝るナバレッテに有利に働くと思われるが、希望も込めて日本のモンスターがメキシコのニュースターを爽快な一発で破壊するシーンを見てみたいものである。


2度に渡りエマヌエル・ナバレッテを紹介させて頂いたが、12月に行われるナバレッテ4度目の防衛戦、こちら是非注目して頂きたい一戦だ。「井上であればどう戦うだろう」なんて想像を巡らせながら見てみるとより楽しめるのではないだろうか。