こんにちは。

今回はイギリス人であり、アメリカ合衆国で

活動した女優であるオードリー・ヘップバーン

の言葉をご紹介したいと思います。1944年に

オランダ大飢饉が発生した時、物資の補給

路はドイツ軍によって断たれたままでした。

飢えと寒さによる死者が続出し、ヘプバーン

たちはチューリップの球根を食べて飢えを

しのぐ環境でした。大戦中にヘプバーンは

栄養失調に苦しみ、戦況が好転しオランダが

解放された時には貧血、喘息、黄疸、水腫に

かかっていました。ヘプバーンの回復を助け

たのは、ユニセフの前身の連合国救済復興

機関(UNRRA)から届いた食料と医薬品だっ

たのです。ヘプバーンは後年に受けたインタ

ビューの中で、ヘプバーンが少女時代に受け

たこれらの戦争体験が、後年のユニセフへの

献身につながったと語っています。

【主な作品】

『ローマの休日』(1953年)

『麗しのサブリナ』(1954年)

『ティファニーで朝食を』(1961年)

『シャレード』(1963年)

『マイ・フェア・レディ』(1964年)

『暗くなるまで待って』(1967年)

 

アメリカン・フィルム・インスティチュート (AFI)

 の「最も偉大な女優50選」では第3位にラン

クインし、インターナショナル・ベスト・ドレッ

サーにも殿堂入りしています。ヘプバーンの

女優業は年齢と共に減っていき、後半生の

ほとんどを国際連合児童基金(ユニセフ)で

の仕事に捧げた。ユニセフ親善大使として

1988年から1992年にはアフリカ、南米、アジア

の恵まれない人々への援助活動に献身して

いる。1992年終わりにはアメリカ合衆国におけ

る文民への最高勲章である大統領自由勲章を

授与された。スイスの自宅で、虫垂癌のため

1993年(63歳)に死去。

私にとって最高の勝利は、ありのままで生きられるようになった事。自分と他人の欠点を受け入れられるようになった事です。

 

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僕も毎日お寺で修行中ですよ。

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