「俺と逃げてくれ。」
カイムが何か話してる。
二人で逃げる?
そうね、そうすれば良かったのかしら?
どうして私、あの時彼に、連れて逃げてと頼まなかったんだろう…?
リュージュが昏睡状態から目覚めてから、数日が経過していた。
熱は依然として高く、意識が切れ切れになり、自分が覚醒しているのか否か、判断できない。
部屋に入ってきたガロウは、水と穀物らしきものをペースト状に煮詰めた物を持って、リュージュの枕元に座った。
「食えそうか?」
リュージュの上体を起こして、寝台の背凭れに凭せ掛けたガロウが訊く。
熱に浮かされたリュージュが、苦しい息で指示して作らせた粥である。
料理など一度もした事のないガロウの手料理は、健康体の者でも見るからに食欲を削ぐ出来栄えだった。
「美味しそうね…。」微かな笑みで応えたリュージュは、とにかく水を飲んで、焼け付く喉を潤す。
深めの皿から一口掬って、食器を持ち上げようとするリュージュの手が止まり、彼女は苦しげに目を閉じて、後ろの壁に頭を預けた。
「貸してみろ。」リュージュの手から皿と匙を取り上げたガロウは、彼女の唇に粥を掬った匙を押し当てる。
リュージュが小さく口を空けると、そこへ押し込むように流し込む。
リュージュは目を閉じたまま、ゆっくりと咀嚼して、なんとか喉から胃へと、一口の粥を飲み下す事に成功した。
「ありがとう。」
「もっと食え。」
「う・・・ん。」
リュージュは更に何口か粥を飲み下した後、もう要らないと言うように、手の平を前に翳して振った。
そしてもう一度、水を飲んだリュージュは、横になりたいと掠れる声で告げた。
「熱が引かないわ。このままじゃ…。何か薬は無いかしら?」体を横たえたリュージュが問う。
「探してみたが…。」ガロウは室内のテーブルを振り返った。
そこには、ガロウが集落中の家から持ち出してきた、薬袋らしきものが幾つか並んでいた。
「見せて。」
ガサガサと幾つかの入れ物を漁ったリュージュは、落胆の表情を見せた。
「解熱剤は無いわね…。ガロウ、私を外へ抱いていって。」
「どうする気だ?」
「薬に出来るような草が生えていないか探すの。何か見付かるかも。」
判ったと、リュージュの痩せた熱い躰を抱き上げ、ガロウは屋外に歩み出した。
霞む目を擦りながら、薬になりそうな草を探す。
抱かれて動くのも辛い状況だが、生き延びるには薬が必要だった。
村の方々を歩き回ったガロウは、村外れの沼地までやってきた。
「あれ…。あれを良く見せて。」リュージュは水辺に群生している背の高い草を指差した。
「やっぱりトクサだわ。これなら使える。ガロウ、これを刈り取って。」
言われたガロウは、一旦リュージュを近くの木陰に座らせて、青々とした草を鷲摑みにして、根から毟り取った。
乱暴なんだから…、ガロウの仕種を見ながら、リュージュは僅かに苦笑した。
「綺麗に洗ってね。それから熱湯に浸すの。後は日干しにして、充分乾燥させて。」
寝台へと戻されたリュージュは、ガロウに薬草の処理方法を教えていた。
「煎じて飲めば、解熱剤として使えるわ。取り敢えず、熱を下げないと。お願いね。私、もう少し眠るから。」
リュージュの額に水に浸した布を置いて、ガロウは部屋を後にした。
疲れきった体は、すぐに眠りの世界へと墜ちてゆく。
「俺と逃げてくれるんじゃなかったのか?」
さっきも言ったじゃない、その台詞。おかしなカイム。
「その気も無いくせに。意地悪ね。」
「俺はカイの名など捨てても構わない。所詮、庶出の身。失う物など何も無い。」
そうだったね、断ったのは私だった。
族長の一人子として、責任は放棄できないと、会うのはこれが最後だと…。
最初で最後の逢瀬だった。
人気のない街外れの廃屋で、二人きりで朝まで過ごした。
私が連れて逃げてと縋ったら、貴方は本当に私を攫ってくれた?