浜田えみなさんのブログがあるから言えることを書いてみました。貴乃花のことも房仙流解釈。 | 静岡,三島書道家房仙ブログ,

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書道家福田房仙の日常
一般社団法人全国いのちの食育書道展協会理事長としての活動


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ようやく今日で昇級、昇段、師範の

試験月を終えます。
本来、級も段も師範の資格も、所属する会派で

決めたり、団体・グループで決めた
資格なので、そのものに絶対的な権威があるのか?ないのか?と聞かれたら、私は無いと答えます。

 

だったら何故挑戦するのか?
それはとても意義も意味もあるからです。


房仙会で競書雑誌を作って欲しいと、会派を辞めた時、生徒から提案がありました。
その時、主人に怒られました。

 

これ以上の仕事、しては行けない!

当時、全国いのちの食育書道展の仕事が今頃から毎日は入り、とても無理な状態でした。

競書雑誌を作ったと仮定します。

私や主人の考えだけで生徒の級、段、師範を決定することが可能ですが、どこか偏りがでます。

あまりにも生徒を知りすぎているので、

「こんなに努力しているので、そろそろ上げてやろうか?」

みたいな私情が入らないとは言い切れません。

みんな努力していることを知っています。
私情を入れないことは絶対出来ません。
全国いのちの食育書道展の審査も

ずっと関わってきましたが

トップだった故

決して最終の審査には口出ししないで

ずっと通しました。

房仙会の生徒は気の毒でしたが

孫弟子までは管理出来ませんでしたが

直弟子は賞には入ることはありませんでした。

 

やることはきちっとやるから

強いことも言えます。

 

やることやらないで

口だけ出す生き方では人はついてきません。

競書雑誌も選ぶ時も勿論

極めて厳しく、中々級が上がらないところを選んでいます。

 

その中で房仙会の生徒だけが上がるのです。

それは指導者として心が満たされる

瞬間でもありました。


しかし、今年もいましたよ。
6級が一年間上がってない人が。

昇級テストがあるからこそ、気がつく会話です。

私自身、級を上げたりする指導は出来ていると自負しています。

「私は一年間、6級のままでした」
そう言われたら必ず私は言いきります。
「えーーーーーーーーーーー!
おねがい」って。


何故上がらないのか?は明確なんです。

自己流で書いているからです。

 


そして、プラス、

大切な報連相「ホウレンソウ」の欠如

があるのです。
「先生、私、もう五ヶ月も同じ級です(*^o^*)」

と伝えてください。

指導します。

上がります。

間違って学んでいるからです。

上がらなかったその方も、一度も添削出してきていません。

書けないから添削しない。
入りたての人が陥りやすいところでもあります。

書けたら添削してもらう。

これでは一生自分で書けたと思えないので

上がるはずはありません。

下手だから添削を受けるのです。

上手だったら受ける必要もありません。
 

【謙虚なこころ】

ここは実に学ぶ時に大切なところです。

 

時々います。

謙虚に見えて実は

【傲慢な人】
この人はやっかいです。


級は上がっても上がらなくてもいい。

でも習ってくれている限り、スキルの向上は指導者として目指します。

当たり前のことなんです。

努力して、書いても書いても書けない人はいません。

 

「評価は気にせず、自分が満足出来ること。

これが大切です。」とは言いません。

 

これも指導者側からすると

相手に結果を押しつけている言葉だからです。

 

私が熱血になる理由

全ての責任は指導者にあり!

と決めているからです。

 

生徒のせいにしないから

傲慢になっている生徒も褒めれます。

なので、深い思考力のない生徒は時として

私に牙を向けてきます。

 

でも嬉しいのです。

ありがたいのです。

世の中、甘いものではないのです。

 

自分軸のしっかりしたひとが

非難される時に使われる言葉って

知っていますか?

 

「自分中心の話をする」 です。

 

何かの原因は自分にあり!

人のせいではない!

と決めると、時として

こうした方がいいと決めつけます。

発した言葉に自信があるからです。

 

そうして努力していくと

変わった自分が愛おしく思えてきます。

自分が満足していくと、必ず見えてきます。

それが自信につながります。


書道に話しは戻しますが。

進級は必ずします。


房仙会は、かなり上の段でも昇段している事実があります。

 

上がる、上がらないは私は分かります。

大概当たっています。
 

何故って、指導者だからです。

当たり前なんです。

あがらない指導者達の方が絶対多数です。

その人達が又面倒な思考で攻めてきます。

 

これは生きている限り逃れられない人生の縮図です。

だから

 

書道を学ぶことで人生好転する

と言い切れるのです。

 

いやなことから逃げない

恐れない

戦かない

 

目の前に起きていることを逃げないでください。

それは絶対必要なことだからです。

 

 

また話を戻します。
「競書雑誌の傾向と対策」は

私が分解し、指導します。

 

続けることで昇級も昇段も師範も見えてきます。

房仙会では通常あり得ない短期間で

師範を獲得出来ることも売りでしたが。

 

振り返った時

大変な間違えをしていることに気がついたのです。

 

師範になると去っていきます。

 

反面多くの生徒が40年、30年、20年、10年以上と続けている生徒が大半です。

 

私は自分の愚かさにこの年にしていまさらですが

気づかされたのです。

 

浜田えみなさんの出現でした。

 

 (2018年11月9日)

#浜田えみなさんが書いてくれています。
この方と出会っていなかったら、

今頃房仙はどうなっていたのだろう?
そう思う今日この頃です。

http://blog.livedoor.jp/yumiyoyu-bosenkai/

以下抜粋です。


誰も追い越さない。誰も追い越されない。

自分の全力の成果が、誰かの全力の成果を邪魔しない。

自分の本気が誰かの本気を傷つけない。

全力で臨んでいい。

 

努力のゴールテープを切ってみろ。心の中で、つぶやいてみる。

  みんなで一丸となって目標に向かう連帯感、今まで味わったことのない一体感に包まれ、高揚している自分を感じた

 

それと同時に、こんなにも、〈チーム〉としての醍醐味を受けとりながら、人の領域を侵さずにすむ書道は、なんて、すがすがしいのだろうと思った。

 

自分のエラーでチームの足を引っ張ることになったらどうしようという不安も、自分がレギュラーに選ばれたせいで選ばれなかった誰かがいるという気まずさも、誰かが勝つと誰かが負けるという勝負のいたたまれなさも、感じなくていい。

 

自分の上にも下にも誰もいない。

自分の前にも後ろにも誰もいない。

誰も追い越さない。誰も追い越されない。

自分の全力の成果が、誰かの全力の成果を邪魔しない。

自分の本気が誰かの本気を傷つけない。

全力で臨んでいい。

 

努力のゴールテープを切ってみろ。心の中で、つぶやいてみる。

 

房仙書道は、なんて素敵な集団なのだろうと思った。
 

えみなさん、ありがとうハートブレイク

 

 

 

挑戦を果敢にしてくれているえみなさん。

彼女も書いてくれています。

http://blog.livedoor.jp/yumiyoyu-bosenkai/

読んでください。

自分で言うのもおかしな話ですが。

その通りです。

 

 

房仙会は、今はどこの会派にも属しません。

以前は私自身、「読売系」に所属していました。
読売展を挑戦し出したとき、

早くからスムーズに賞もいただき、

特選も連続受賞させて頂きました。

当時会に所属したときも生徒数

100名以上抱えていましたので優遇されました。

 

がその後先生の考え方に変化が見えました。


房仙60歳の時、生徒が「還暦祝い」をしてくれたのです。


200名近く集まって盛大にみしまプラザホテルで

お祝いしてくれました。


そこに私の当時の書の先生を

来賓としてお呼びいたしました。
先生が当然、

私の還暦をお祝いしてくれると思った私が馬鹿でした。

終わった後
「生徒に先生、先生と言われて喜んでいる!」

と冷たく言われた時、ぞっとしました。

その後、房仙会の生徒と私の絆の強さを知った

先生は、

これでもかと、あり得ないことを言い、

あり得ない行動にでたのです。

その原因は他にもありました。

 

正しいことを伝えない輩がいたのです。

 

高齢になっている先生の判断を鈍らせていったのです。

悲しいことに私に対する態度を

一変させたのです。


どんなに多くの生徒を読売展に出品しても、

あの時以来、賞が私に来ることはなくなりました。


いじめと受け取るか?実力ととるか?思惑があるのか?

誰かが違って伝えていることも知りました。

思い悩んだこともありました。

でも私は逃げないでずっと先生を支え続けました。

目立たなくしていなさい!と何度注意を受けた事でしょう。

気が使ないでぼーっとしている人が良い人でした。

修行だと受け止め生徒が挑戦したいと言っている以上、私も主人も読売展を出品し続けました。


その後、生徒達に

「先生、もう読売展はいいです。やめましょう!」

と言われ、読売から、生徒と共に辞めたときの

清々しさは今でも忘れません。


入っていた会派も辞め、

一人でコツコツやり出せた事が、実に大正解でしたビックリマーク

しかし、誤解ないようにお伝えしますが。
先生の会派を辞めようとしているある時、

先生は私に自分の言葉を録音して残すように

伝え、それは大事に今でも
保存しています。その時は嬉しかったです。


先生はこうも言ってくれています。
「あなたの様な弟子は誰もいませんでした。

本当に尽くしてくれてありがとう。」

「全国いのちの食育書道展、ガンバッテください!」

とありがたい言葉を残してくださいました。

その後3年ほどでお亡くなりになられました。

今は私も先生に大感謝です。

人は亡くなる寸前になると

戦った相手のことを理解出来ることを沢山体験させてもらいました。



(今はマスコミも少し静かになりましたが)

貴乃花問題も私の目には、書道界と一緒のように写りました。

評論家の人が上っ面だけで評論しているのを見聞きし、貴乃花が気の毒になりました。

彼には相撲を通し、彼の理想を貫いて欲しいです。

長文になりすぎましたが、

今の生徒達に知っておいてもらいたいことを

書き留めました。

 


 

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