房仙会の方針の一部です。聞いてください。 | 静岡,三島書道家房仙ブログ,

静岡,三島書道家房仙ブログ,

書道家福田房仙の日常
一般社団法人全国いのちの食育書道展協会理事長としての活動


テーマ:

今、房仙会のことを書いてくれたFacebook上の

土佐谷有里佳さんへコメント返していましたら、

急にブログを書きたくなりました。

 

 

投稿にはこんなことが書いてありました。

 

 

  「新年を迎え、書道お稽古初日の昨日

毎回娘にとっても私にとっても、

とても刺激あるお稽古です😌

日頃親や周りから注意されることを

先生のお言葉やお姉さんたちの姿で学びます。

それがどれほど成長に繋がるか…驚きです。

昔は祖父や祖母と住み、近所の方々との付き合いの中で学んだことが、最近はほぼなく…

人との繋がりで学ぶ大きさを、

毎回お稽古で感じます。

繋がり、輪となり、巡ることの大切さ

本年もたくさんの学びある時間になります☘️

#全国いのちの食育書道展 #房仙会 」

 

こんな風に書いていただくこと、嬉しいです❣️

 

強い絆、繋がりが大切

独りぼっちにさせない

思いやりを持つ

自分勝手な思考をしてないか

常に考える

教室では正直に

を大切なこととして

房仙会を続けているのですから。

嬉しいのです。

 

自分の子どもを育てる時

私は他人のこどもを優先し

自分の子はほっぽろかしにしました。

 

私には子どもが二人います。

この子達を育てていくなかで、決めたことがあります。

きっと私の生き方をこの子達が【正解でしたよ!】と証明してくれるに違いない!

と勝手に決めて育てました。

 

お陰様でその通りに育ちました

 

二人の子を房仙会でも教えましたが、

教室に入った時は他人扱いとしました。

二人の子は私のことを「先生」と言っていました。

自分の子どもが入会して以来、全ての子も名前を

呼び捨てにしました。

自分の子どもも他人の子どもも公平に扱いたかったし、えこひいきしない塾だということを保護者に理解して欲しかったのです。

 

しかし、今となって振り返るとき、

悲しい事にほとんどの保護者は理解する事無く、

生徒は辞めていきました。

生徒の成果は沢山でました。

 

今になってようやくですが
「先生、お陰で○大学にはいり、今では教師をしています。」
とか
「お陰様で結婚して○○に住んでいます。」とか聞けるようになってきかした。

教え子の多くが全国に散らばり、三島にいる人が少ない
房仙会卒業生です。

 

房仙会を卒業した生徒達は

多種多様な職業に就いています。
 

サラリーマン、官庁職員、医者や薬剤師や、学校の教師、研究者、

学者等々います。

 

書道科を卒業して書道の先生をやっている人は残念ながら数えるほどしかいません。

 

子ども達の名前を呼び捨てにする理由は、

①自分の子どもと同じだとみている事を示したかったことと

②私が小学校でとても悲しい思いもしたからです。

 

ほとんどの担任の先生は、クラスの子を呼ぶのに一定の基準は設けていなく、

ある子には名前で○○ちゃんと呼び  

ある人には○○さんと名字で呼ぶのが普通ですよね。

私は名字で呼ばれることが多かったのですが、そのことで結構傷ついたりしていました。

何か親しみが名前のほうがあるように聞こえ
私は、先生に愛されていないと感じていたのです。
(弱かった為、学校には時々しか行けないので

ヒガミもあったのでしょう)
 

そんなこんなで、未だに生徒は大人も子どもも名前でよんでいます。

 

自分の二人の子どもは、特別自分の子どもだからって、

えこひいきはしていないことが

みんなに分かるように気をつけました。
 

親子の関係も知らない人に分からないぐらい注意しました。

ずっと、書を習っているときはそうしてきました。
 

後ろで淋しそうに私の指導を羨ましそうにみていたのも今でも覚えています。
 

勿論、展覧会に出品するときの優先順位もいつもビリッケツでした。
賞は他の生徒に渡るように努力しました。
 

子どもも大人も誰でも「えこひいき」は

大嫌いだと私は考えていました。

 

ところが、ところがです。

 

今になって気がついたことですが。

当時の保護者の方には、あまり分かってもらっていなかったということや、

息子も娘も想像以上に淋しい思いをしたことにようやく気がつきだしました。

 

近所から通ってきた子達も、私が自分の子どもを犠牲?にして、

自分がどんなに愛してもらったか?

 

たぶん理解していなかったと気がつきました。

 

指導者のタイプ

A 自分がやっていることを理解してもらう脳力に優れている人

B 全く生徒や保護者に気がついてもらえないけど、生徒に対し、

やれる限りのことをやっている

 

私はBのタイプでした(*^o^*)

 

きっと、今生徒達もこれを見て「えーーーー!」って思ってくれるでしょうね。

 

本当なのです。

 

 

昨日も偶然、息子の心音道の投稿をみつけました。

家族の昔の写真をアップしていました。

懐かしく覚えていないことにショックさえ覚えました。

 

二人の子を育てる時も考えていましたが、

子育ての終わった時からはもっともっと強く考える教室になりました。

 

○こんな人(自分の子どもだけ良くしようという考えでなく、他人の子も自分の子同様に愛することが出来る人)が側にいてくれたらどんなにいいだろうか?

 

○こんな場所(教室)があったらいいのに。

なので今日の投稿

https://www.facebook.com/yurika.tosaya/posts/1633614870038473

はありがたい投稿だったのです。

 

ブログ書きながら、強烈に昔を思い出しました。

 

うちの子、二人 どうなるかな?

将来がとても楽しみでした。

 

当時二人とも

学校で書いていた作文に

尊敬する人は?と聞かれると 「親」と書いていました。

 

私は「尊敬する人」と書いてもらっても嬉しくないことを伝えました。

 

親を超えるのは当たり前。

もっともっと世の中には素晴らしい人がいっぱいいることを伝えました。

 

昔の偉人伝の本も与えました。

 

二人の子どもがずっと言い続けてきたこと

人様のお役に立てる人間になりたい!

ということを言っていました。

 

お陰で二人とも、人のお役にたつ仕事に就いています。

 

何かとりとめない話ですが。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

 

房仙さんをフォロー

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります