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2011年09月30日(金) 19時45分45秒

「髪を剃る」 その2  いとう 修

テーマ:ブログ

みなさん、こんばんは。




昨日頂きましたご質問に、さらに詳しくお返事させて頂けそうです。

ご覧ください♪






「髪を剃る」 その2  いとう 修


昨日のライブで

「坊さんなのに髪をのばしていていいのですか?」

との質問がありました

キチンと答えておきましょうか..


その昔、仏教が日本へ伝来したのが西暦538年

国家仏教として伝わり

国家鎮護あるいは国を治める思想として

主に支配層に浸透しました




その組織はしっかりと国家、政権によって管理され

僧綱(そうごう)とよばれる官職によって

統率されるようになりました




僧正(そうじょう)とか僧都(そうず)、律師(りっし)とよばれるものは

この官職からはじまったといわれます




簡単に言えば「家元制度」のようなもので

教儀に国家的な正統性をもたせ管理するもので

中世では天皇を引退した上皇が法皇となり

公家政権は国家行政と全ての仏教教団を統率したのです




承元の法難 1207年 後鳥羽上皇は

専修念仏(せんじゅうねんぶつ)を禁止します




法然をはじめ吉水教団の

おもだった者が流罪となり

親鸞もおなじく僧籍を剥奪され越後に流されます




僧籍を剥奪された親鸞は「僧にあらず、俗にあらず、

愚禿釈親鸞(ぐとくしゃくしんらん)と名告ります




愚は 愚鈍の愚 禿はかむろ 釈は仏弟子の名告り

かむろとは平安時代では自然に伸びた童子の髪型のこと




僧でない俗でない真宗のかたちが ここから始まり

国家の行政アイテムではなく、民衆の仏教として

初めて開かれていくこととなるのです




世俗の権力によってその秩序から排除され、

僧としていきることができなくても

ただ阿弥陀如来の真実のみを

よりどころとして生きるのに 髪があろうがなかろうが

僧籍があろうがなかろうが

親鸞にとっては、もはやなんでもなかったのでしょう




真宗において髪型が自由なのはここから

くるものだと思います。




世は現代、国家が僧籍を管理することは無くなったのですが

人の眼が我々坊さんを心で管理しています




剃髪をしていないのは修行をサボっているのではないのか?と...




僧が袈裟、衣を着けようが着けまいが、

髪があろうがなかろうが

(わたしはないのだが)

阿弥陀如来の真実の願いを知ることこそ

肝要であるのだと思うのです。        合掌



              完

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