1、 運命学を本当によく理解し精通していること
 

2、 鑑定でそれを他人に伝えること
 

3、 その学問から分かったことを実生活で行かせること

 

 

全く別々、てんでバラバラな話 です。

 

 

1ができれば自動的に2や3もできるということはありません。

 

 

たとえ何十年も勉強&研究において日々研鑽を積んでいても

 

分かったことを実生活に活かし切れていないという人が大勢いてもおかしくはない。

 

 

たとえば生年月日からその人の性質・能力を解析し出して

 

良く学び、どんどんそれを実践に活かし、自分なりに改良改革するといいよ 

 

と出ても、実際に勇気を持って新たな一歩を踏み出せるか。

 

そもそも 

 

勉強は嫌いなんだ・・・ぼけー 

 

という固定観念があった場合

 

どうしても学ぶということに気が向かないかも知れません。

 

そしてやめる。

 

放置。

 

そうすると簡単に 宝の持ち腐れ状態が発生。

 

 

 

また運命学に素晴らしく精通していて、自分の内側では

 

何を聞かれても答えられます < お任せください!チョキ

 

状態でも、実際全くの素人さんを相手に説明する際に冗長に流れたり

 

専門用語が混ざりすぎて、上手く噛み砕いて誰にでも分かるように説明できないということもあり得ます。

 

 

運命学に精通する ということと

 

語彙力、国語力、伝達能力 は

 

完全に別々のこと。

 

混ぜるな危険!です (※)

 

 

 

 

研究者も鑑定士も鑑定依頼人と同じ人間。

 

出た結果を活かせているかどうかは

 

日々の実践にかかっています。

 

 

鑑定を依頼される場合は、実際にその鑑定人が 日々の実践を経て 自分を最大限活かせているか、宿命が陽転しているか、人生が好転しているかをチェックするのは 非常に大切 

 

だと思います。

 

 

いくら隅から隅まで何でも知っていて理解できていても

 

たとえば

 

日々イライラしっぱなしで他人の文句ばかり口から垂れ流す毎日・・・ムキーむかっ

 

という状態では 完全に陰転してしまっているので、要注意 です。

 

陰転は感染しますしね。

 

 

 

もっと簡単に言うと

 

その人が幸せに生きているか

 

で判断されれば間違いありません。

 

だって運命学って人が幸せに生きるための学問じゃないですか。

 

 

自分の人生に生かせている鑑定士さんもきっとたくさんおられるはず!

 

 

今の時代はネットで情報発信が簡単にできるので

 

ネット上である程度鑑定士さんたちのカラーを伺い知ることが出来ます。

 

ブログなんか読めばその人がどんな軌跡を歩んできたか

人生で何を大切にしていてどんなことに興味があり

どういった姿勢でその学問や鑑定に臨んでいるか

 

などよく分かります。

 

特にずっと文を書き続けている人であれば、その人の在り方は隠しきれないものです。

 

これはありがたいですよね。

 

 

それらを見てみて自分と相性が良さそうな人、自分の求める方向性に強そうな人が見つかるといいですね  キラキラ

 

 

 

 

私はやはり一般社会に馴染みづらくてしんどい人、一匹狼系、芸術系、特殊命式系が得意です。

 

自分のブログも 一般に向けて広く分かりやすくを目的には全く書いておらず

 

むしろ私と同じくらいの=100人に1人くらいの超珍しい変わった命式を持つような人

( 且つ、どう頑張っても “ 普通に生きる ” というのができない人 ) 

 

のアンテナに上手く引っかかって、その人たちに役立ててもらえれば嬉しいな 音譜

 

なんて思って書いています。

 

 

 

 

 

 余談

 

 

ちなみにこういう

 

つい何となく混ぜて同じ土俵で考えちゃうけど、実は全然別物で一緒くたにしたらアカン

 

といった対象を表現する時、ドイツ語では

 

2足の靴

 

と言います。

 

2足の靴=4つの(片方の)靴 をごちゃ混ぜにして適当に組み合わせても使えないからです。

ちゃんと分けて考えんとアカン、と。

 

日本では 2足の草鞋 というと2つの別々の仕事を同時進行する意味で使われて、ドイツ語とは全く意味が異なってくるので面白いですね。

 

 

今私が台所に貼っている絵

スイス生まれでフランスの画家、Théophile Alexandre Steinlen の作品