2012年09月16日

日本人のマナーとしての領土問題に対する認識

テーマ:日本が抱える問題
ロシアの
メドベージェフ首相(元大統領)の
二度に渡る北方領土への上陸。

韓国の
李明博大統領の
竹島への上陸。

尖閣諸島への
香港人運動家の上陸や
再三に渡る中国の領海侵犯。

かつてないほど
頻繁に日本の領土が
侵犯されている昨今、
多くの日本人は中国人や韓国人と
この手の話題を避けがちであることだろう。

もし彼らが
良い友人であるとすればなおさらだ。

$香港IFA玉利の海外投資夜話-sakura

しかし
もしも何かの
きっかけで彼らと
領土問題の話になったらどうするか?

感情的な言葉の応酬で
口論になるのは誰だって嫌だろう。

かといって、
争いを避けて

「私はどうでも良い」

という態度で相手の主張に
反論しないというのはいけない。

トラブルを
回避して相手の意見を
受け入れても決して尊敬はされない。

もし外国の知人と
領土問題を巡って
意見が対立した場合、

私は冷静に
理路整然とこちらの
正当性を説明し、

これが
我々の立場だと
主張することが大切だと思う。

※あくまでも聴く耳を
 持っている相手に対してということ。
 反日活動などで猛り狂った人々を
 相手にして語るということではない。

そのために
我々は日本の尖閣諸島、
竹島、北方領土領有の
正当性を解くための知識を
つけておかなければならない。

以下は
私がそのときのために
準備している論拠である。

【尖閣諸島】

何度も
現地調査をおこなった結果、
どの国にも(清朝にも)
属していないと結論づけた明治政府が
1895年日本の領有を閣議決定。

1940年に
無人島になるまでは
日本人が居住していた。

敗戦後、
サンフランシスコ平和条約により
沖縄の一部として米国の施政下に入る。

1972年、
沖縄の本土返還時に
尖閣諸島も一緒に
日本に戻って来た。

日本の尖閣諸島に対する
領有権は正当性なものである。

ちなみに
中国が尖閣諸島の領有を
主張し始めたのは1971年。

それに先立つ
1969年に国連の調査で
この地域に豊富な海底地下資源が
眠っているということが
明らかになったあとのことだ。

【竹島】

1905年に明治政府が
竹島の領有を閣議決定。

その後、
一貫して竹島は
日本の領土として存在。

敗戦で日本全体が
米国の占領下に入るが
当然そのときも竹島は
アメリカの管理下に置かれた。

サンフランシスコ平和条約
による日本の国際社会復帰を前に
韓国はアメリカに対し、

竹島を
日本に放棄させて
韓国領とすることを
要求するが断られる。

その後、
当時の韓国の大統領李承晩が
「李承晩ライン」という韓国の
領土線を日本海上に勝手に引き、
竹島を韓国側に入れて軍隊を駐留させてしまう。

もちろん
「李承晩ライン」は
国際的承認を得ていない。

そのうえ、
のちの日韓基本条約で
すでに廃止されている。

日本の竹島に対する
領有権は正当性なものである。

【北方領土】

日本とロシアの領土に
関わる最後の条約は日露戦争後、
1905年に結ばれたポーツマス条約。

その時点の日本の領土は
カムチャツカ半島の手前の島である
占守(シムシュ)島以下全千島列島と
北緯50度以南の南樺太である。

第二次大戦中、
日本とソ連は
日ソ中立条約を結んでいた。

1945年、
日本の敗色が明らかになり、
ソ連は今後条約の更新をしない、
と日本に通告してきた。

しかし、
条約は効力をあと
一年を残していた。

それにも関わらず、
長崎原爆投下当日の8月9日に
ソ連は条約を無視して日本に宣戦布告。

樺太と千島列島に侵攻し
日本人を追い出して
そのまま居座ってしまった。

その支配に対する
国際的承認の根拠はなく、
日本の北方領土に対する
領有権は正当性なものである。

領土問題を
最終的に解決できるのは
国家レベルでしかないかもしれない。

しかし、
もし民間レベルで
相手と領土に関する
問題で議論になったとしたら、

こういうことを
すらすら説明して、
抗弁できるように時間軸も
含めて心に刻み付けておきたい。

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