逃亡小説集・吉田修一 の解説 | まさひこのの書評と解説のページ

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僕が読んだ本についての、書評と解説を書いてみました。

 

◆ それぞれの「逃亡者」の、不器用で愛おしい「過ち」

 

『逃亡小説集』は、「逃亡」をテーマに、実際に起きた事件を題材にしたかのような、さまざまな事情の「逃亡者」の、不器用で愛おしい「過ち」を描いた、4短編収録の本である。『犯罪小説集』に次ぐ、著者のライフワーク第二弾。「犯罪」のなかでも「逃亡」、というパターンにスポットライトをあてて、前作よりさらに深化している。

 

 

どういうわけか知らないが(自分のせいではないが、という意味)運に恵まれてこなかったアイドルに、そのアイドルのかつての大ファンの男は、どういうわけか知らないが(こんな偶然まずありえないのに、まったく都合がいいんだからなもー、の意味)地元の山への上り道走行中に、ばったり出会う。さすがに彼も、こんな偶然=ドッキリでは、と疑いながらも、番組を盛り上げるためにも、知らんぷりで、困った彼女を助けてあげることに。しかし、これはドッキリではなく、偶然であり、そして彼女は逃亡中の身だった……(「逃げろお嬢さん」)。

 

『逃亡小説集』のなかでも、この「逃げろお嬢さん」はめちゃ面白い!   ほんとうに偶然なのに、知らんぷりを装い続け、どこかにあるであろうテレビカメラを意識しながら対応し続ける男のさまは滑稽ですし、だいたい、彼女の唯一のヒット曲が「逃げろお嬢さん」というタイトルなのもふざけてる。彼女のほうは、自分の立場の切迫さをわきまえながらもファンの熱意に改めて気づかされ、心うたれていく感じが、読み手に淡々と染み入るし、男女の恋愛への発展をも匂わせる。ユニークであり、実にとぼけた設定のお話。どこかシュールな展開でいくのもいい。

 

 

このように、この小説集の収録作はほかにも、逃亡する者のすぐ傍に、大切な異性が、巻き込まれる形であるにしても、寄り添っている。「逃げろ九州男児」では失職した男の母親が、「逃げろ純愛」では中学の女教師と恋に落ちた男子高性が、それぞれ同行している。

 

 

福岡小倉。福地秀明は、市役所の帰り、一方通行無視をしたため、パトカーにつかまった。彼は、先刻の市役所での対応への苛立ちのせいもあり、車を急発進させ、逃げてしまう。後部座席には母親を乗せたまま、追跡を振り切ろうと危険な暴走運転を続け、やがて高速道路へ、いっそこのまま九州から本州まで関門橋を渡ってやろうか……。彼は、製鉄所と運河が窓から見える古い貸家に母親と二人で暮らしている。これまでの人生、職を転々としてきたが、いまは配送の仕事に従事。だが、突然の解雇で、職を失ってしまった……(「逃げろ九州男児」)。

 

この主人公の中年男性は、なぜ、そんな逃亡に至ったのか、一見すると理解しづらい。だが、よく注意して、読み拾ってほしい。転職、失職、介護、借金、裁判、……。これだけ積み重ねてくれば、ちょっとしたなにかをきっかけに、人は自暴自棄に走ってしまうかもしれないだろう。ふだん目にするテレビのニュースなどでは、事件の犯罪者は、ただの悪人として、映しだされ、周知され、早々と片付けられていく。なぜなら、そこではなかなか、犯罪者側に寄り添ってみた、その背景や本質、小説ではていねいに追っていくような、詳細や流れまでを含めては語られないからだ。

 

この作品の一見するわかりづらさは、事件報道に接した時にそのように悪は悪と短絡的にとらえがちな僕らに、もう少し落ち着いて、犯罪者側にも寄り添い、背景や本質、詳細や流れまでを拾いあげ、ていねいにやわらかく考え、想像し、あたたかく正しく判断する頭を養っていこう、という課題を投げかけているようにさえ思えてくる。

 

 

☆ 逃亡小説集・吉田修一・KADOKAWA・2019年10月刊行。角川文庫・2022年9月。