淋しい狩人・宮部みゆき の解説 | まさひこのの書評と解説のページ

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僕が読んだ本についての、書評と解説を書いてみました。

 

 

◆ 「心あたたまる」読後感の、「心あたたまる」とは形容できない…… 

 

東京の下町、荒川の土手下にあるビル一階に店を構える古書店、田辺書店。もともとの経営者が亡くなり、かわりに経営をひきうけたのは、イワさんと呼ばれるおじいちゃん。そして週末には、いつも野球帽を後ろ前にかぶっている、イワさんの孫の稔が、店を手伝っている。

 

ごくありふれた、町の古書店に舞い込むのは、同じく本をめぐる、様々な事件で……。

 

 

梅雨の六月。田辺書店に、佐々木鞠子という美人が訪ねてきた。彼女は以前、夜道で男に追いかけられ、この店に逃げ込んだことがあった。そのとき、イワさんは男に声をかけたが逃げられ、その後、イワさんと稔で、彼女を家まで送ってあげたことがあったのだ。彼女はいう、そのときの男の顔を憶えていますか、見分けがつきますか、と。鞠子には姉がいて、数ヶ月前に失踪したのだが、その直前、「歯と爪に気をつけて」という謎の言葉を残したという。が、その言葉は、その後、思わぬかたちで登場する。それは、先週、鞠子が行った結婚式の引き出物の本、その表紙に「歯と爪」と書かれるというかたちで。姉の失踪といたずら書きの犯人として彼女が疑っているのは、彼女の職場に弁当を配達している店員。彼女によると、夜道で追いかけてきたのも、その店員であると。彼女はいう、明日、その店員を呼ぶから、イワさんに、彼であることに間違いないか、確認してほしい、と。彼女は、あくまでも彼を疑っていて、イワさんにも加勢してもらい、彼を追い詰めたいのだ……(「六月は名ばかりの月」)。

 

38ページに出てくるマンション。この、景観保持等のため洗濯物や布団を干しちゃいけないきまりって、何事なんだ⁉︎ それが高級マンションであるって……。んな不便なのに高級なんだな、って思ったよ。それこそ「名ばかりの」だろ(笑)

 

 

父が病死してしまった。父が住んでいたアパートの部屋に行った息子の路也は、部屋の隅にあった本棚に、同じタイトルの本が数百冊、並んでいるのを知る。『旗振りおじさんの日記』というタイトルの自費出版の本。その著者は、少し前に、路上で殺されている。父は、なぜこのような本を大量に買い込んでいたのだろう。部屋の中を調べていた路也は、家計簿を見つけ、毎月、父に謎の収入があったことを知る。さらに、父が書店で本を売った際の伝票も見つかった。路也は田辺書店を訪ね、イワさんと話をしているうちに、父に対しての暗い疑惑が膨らんでいく……(「黙って逝った」)。

 

この話で出てくる自費出版本。なかなかすてきな執筆動機の本のようで、読んでみたくなりました。

 

 

……などのように、『淋しい狩人』に収録された短編の多くは、本をめぐる事件の話。が、ひとつ「詫びない年月」という作品は、違う趣向であり、本をめぐる事件ではないことに注意。田辺書店近くの、ある古い家が取り壊され、その下から、防空壕の跡と白骨が出てきたことで起こる町の騒動と、やがて明らかになる驚愕の真実、の話である。

 

 

この短編集、読んでいると、たしかに「心あたたまる」読後感がある(それは、文庫版解説にもあるように、多くの読者が感じたようだ)。が、それは、おじいちゃんや稔らの人柄、下町に建つ古書店のあたたかな雰囲気、下町の人間ドラマに抱くイメージ、そして、作者のやわらかな質感の文章などによるものではある。落ち着いて読んでみると(大森望による文庫版解説にあるように)そこには、「心あたたまる」などとは形容できない、人間の……。

 

 

☆ 淋しい狩人・宮部みゆき・新潮社・1993年。新潮文庫・1997年。