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靖國神社近くの路上で男性自殺か 遺書らしき文書残す

11日午前2時40分ごろ、東京都千代田区の靖國神社付近の路上で、前のめりに座った状態の男性の腹部に包丁が刺さっているのを巡回していた警視庁機動隊員が発見した。

 

男性は病院に搬送されたが死亡。男性の近くには遺書とみられる文書が残されており、麹町署は自殺を図ったとみて、詳しい状況を調べている。

 

同署によると、男性は都内に住む50代の会社員で、保守系団体「靖國会」に所属。死因は失血死とみられ、遺書とみられる文書は判別が困難だという。

(令和元年511日 産経新聞)

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靖國会の事務局長の沼山光洋氏が靖國神社前の路上で自決された。

 

保守の会の講演会や茨城県護国神社での田母神閣下の講演会で茨城県に来られたり、田母神閣下の誕生日の祝賀会など、深い付き合いはなかったが、何度かお会いして、いろんな話をしたことを思い出す。

 

遺書もあるようだが、このような一文を最後に残していた。

 

 

 

 

また、沼山氏は「新時代令和を迎えて」という一文を書き残していた。 

http://yasukunikai.com/reiwa.htm

 

沼山光洋氏は常に、強く、天皇陛下の靖國神社への御親拝を願われていた。

 

昭和の御代は、昭和501121日、昭和天皇が靖國神社を御親拝なされたが、これが最後であった。

 

 

そして、平成の御代は天皇陛下が一度も靖國神社に御親拝されなかった。

 

陛下の御親拝を最後まで望んでいた沼山氏は、御代替わりの前に靖國神社におられた。

 

422日、靖國神社春季例大祭に瑶子女王殿下が参拝される(下画像)。

 

 

423日、彬子女王殿下が靖國神社に参拝される(下画像)。

 

手前で万歳を捧げているのが沼山氏

 

この時、沼山氏は両手に「日の丸」の小旗を持ち、女王殿下に万歳を捧げていた。

 

瑶子女王殿下も彬子女王殿下も沼山氏の方を向いて、深く、丁寧にお辞儀をされていた。

 

この時、沼山氏はじめ居合わせた方々は、ご皇室と国民が一体であることを強く感じたことであろう。

 

彼は430日まで天皇陛下が来られるのを英霊とともにお待ち申し上げていた。

 

しかし、何もなく令和の御代を迎えた。

 

平成の御代に一度も天皇陛下の御親拝がかなわなかったが、沼山氏はこれを自らの不徳と受け止めたのかもしれない。

 

沼山氏の死を知った後に、靖國会総代の田母神閣下にもお話を伺ったが、靖國会総代にも相談なく、沼山氏個人の判断で自決されたようである。

 

沼山氏

この死を日本人は何と思うか。

 

特に政治家はこの死を真摯に受け止めてほしい。

 

この死は、決断できない保身ばかりの日本の政治家に訴えているのではないかと思えてならない。

 

政治家たるもの命を賭けてやれということだ。

 

我々日本人は沼山氏の死を決して無駄にしてはいけない。

 

三島由紀夫烈士にも匹敵するほどの、我々日本民族に訴える死である。

 

彼はご冥福をお祈りしてもらうために命を絶ったのではない。

 

自らの不徳を恥じ、後に生きる日本人に陛下の御親拝を託したと思う。

 

これが侍たる沼山氏の生き方である。

 

我々日本人は、政治家も含めて、沼山氏の遺志を受け継いで、陛下の御親拝を実現させなければいけない。

 

だから、沼山さん、陛下の靖國御親拝がかなうまで、ご冥福は祈らないでおく。

 

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