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「ちんどん屋」というと「今どき」と言う方がいるかも知れない。しかしあの哀愁あるメロディを聴くとなぜか涙腺が緩んでしまう。
 
江戸時代、大阪千日前で飴勝(あめかつ)という人が「飴」を売り歩くのが評判となり、その声を生かして寄席の客寄せをやるようになったのが「ちんどん屋」の元祖である。
 
大正時代、映画やサーカスが普及していたが、その音楽は楽団が演奏していた。それが昭和初期になると音響機器がつくられたため楽団の人達は仕事を失い、やがて「ちんどん屋」に転職していった。
 
昭和16年、大東亜戦争となると戦時中ということで派手な「ちんどん屋」は自粛していたが、戦後も昭和30年頃になると、モノがない娯楽もない時に庶民のスターとして「ちんどん屋」がもてはやされるようになった。
 
しかしやがてテレビが普及すると「ちんどん屋」がどんどん減っていった。
 
このように時代に翻弄されてきた「ちんどん屋」だが、あの哀愁ある曲は昭和生まれの人なら誰もが聴いたことがあると思う。
 
この曲名は「美しき天然」という。
 
これは帝国海軍の田中穂積が作った曲で、文部省「唱歌」として小学生が歌っていた。
 
この「美しき天然」は日本で最初につくられた三拍子の曲である。明治35年、佐世保に私立佐世保女学校(現・佐世保北高等学校)で音楽を指導した佐世保海兵団軍楽隊の軍楽長の田中穂積が佐世保の九十九島を望む海と山の美しい風景に感動して女学生のためにつくったもので、校歌の代わりに歌われていた。
 
女学生達にとってこの歌を歌うことは佐世保の誇りとしていた。
そのため卒業した女学生は皆この歌を歌い継ぎ、地元、佐世保でも大変親しまれて多くの人に歌わてきた。
 
平成1711月、佐世保の誇りとして「美しき天然」を佐世保市の歴史遺産にしたいという女学校同窓会の願いが叶い、田中穂積が愛した九十九島を望む展海峰展望台に「田中穂積顕彰碑」が建立された(下画像)。
 
その除幕式では女学校を引き継いだ佐世保北高の吹奏楽部が「美しき天然」を演奏し、当時の女学生の方も声を出して歌った。
 
今、この唱歌「美しき天然」は佐世保市民にとっては愛唱歌ではあるが、日本人の多くは知らない。
 
日本人が誇りとしていた唱歌をこのまま消してはならない。
 

田中穂積顕彰碑

 

 
「美しき天然」
 
空にさえずる鳥の声
峯より落つる滝の音
大波小波とうとうと
響き絶やせぬ海の音
聞けや人々面白き
この天然の音楽を
調べ自在に弾きたもう
神の御手(おんて)の尊しや
 
春は桜のあや衣
秋はもみじの唐錦
夏は涼しき月の絹
冬は真白き雪の布
見よや人々美しき
この天然の織物を
手際見事に織りたもう
神のたくみの尊しや
 
うす墨ひける四方(よも)の山
くれない匂う横がすみ
海辺はるかにうち続く
青松白砂の美しさ
見よや人々たぐいなき
この天然のうつし絵を
筆も及ばずかきたもう
神の力の尊しや
 
朝(あした)に起こる雲の殿
夕べにかかる虹の橋
晴れたる空を見渡せば
青天井に似たるかな
仰げ人々珍らしき
この天然の建築を
かく広大に建てたもう
神の御業の尊しや
 

 

 

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