ぼくの命はあとどれくらい

2006年7月

HIVに感染していることが
わかりました

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2018年09月09日(日)

老後ー未来日記ー

テーマ:ブログ
【もしかの未来A】

HIVの服薬をやめた。

これから、どんな症状が現れるのだろう。まあ、確実に、飲んでいたほうが長生きはできるだろう。でも、もう、診察も受けられない。3ヶ月に1度でも、自立支援医療制度を使っても、もう払うお金がない。先生は、突然受診しなくなったぼくのことをどう思うだろう。そもそも、気になどしてくれるだろうか。まあ、いい、そんなこと。

母のデイサービスを中止した。

「これから母のことは家で見ますから」
と断言したのは、母を思ってのことではない。仕事を辞めて収入がなくなり、父を亡くして母を見てくれる人がいなくなり、仕方なくの選択だ。

ずいぶん診察も受けていない。治らない病気であっても、睡眠薬で夜寝ていてくれたのはありがたい。やはり、薬がないと寝てはくれない。今日もまた朝方まで動き回っている。うるさい! うるさい!! うるさいッ!!! 蓄積された睡眠不足が、感情のコントロールを破壊する。今朝、はじめて母を殴った。

生まれてはじめて物を盗んだ。

従業員の少ないスーパーで、パンと惣菜を盗んだ。コンビニの廃棄置き場からお弁当を持ってきた。あんなに年を取っていても、3食ちゃんと食べる。お金がない。あした食べるものがない。もう、何も考えられない。いつかは捕まってしまうだろう。でも、盗みをやめることができない。

4枚のメモを書いた。

「母を殺す」
「自分が死ぬ」
「母と二人で死ぬ」
「もう少し頑張ってみる」

4枚目はすぐに破り捨てた。母を殺す勇気もなくて、1枚目と3枚目も捨てた。母一人が残っても、どこかの私設に入れてもらえるだろう。実の子に殴られることもなく、ゴミだらけの部屋で盗んだ物を食べることもなく、おだやかな最期を迎えられるに違いない。ぼくはそっと2枚目を手にした。

さようなら。
もう頑張れません。
やさしさが尽きました。

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【もしかの未来B】

HIVの完治薬が発見された。

ついにエイズウイルスを消滅させる薬ができた。処方された薬は拍子抜けするほど小さな錠剤。これを一定期間飲めばエイズウイルスが体内から消える。これで10年以上にわたった通院や投薬治療からも解放される。こんな日が来るとは10年前には思ってもみなかったことだ。生きていればいいこともあるのだな、と実感する。

母の三回忌を終えた。

あれだけ悩まされた認知症も、終わってみればすべてが想い出に変わる。最後はぼくのこともわからなくなってしまったけれど、不思議と母との想い出はあたたかい。親孝行ではない息子に、神様が親子の繋がりを持たせるために母を認知症にした気もする。あの日々をもう一度やり直したいとは思わないけれど、最後に母と過ごした時間はぼくの宝物になった。父も母の後を追うように翌年には亡くなってしまった。今、こうして二人の墓前に手を合わせていると、申し訳ないほどの解放感ととてつもない孤独に包まれる。二人はもういない。なのに不思議だ。なぜか三人でいる気もする。

お店が1周年を迎えた。

2丁目でお店を始めるにしては、かなり遅いスタートとなってしまった。両親を見送ってから仕事の引き継ぎを終えるまでに、想像以上の時間を要した。オープンから1年が経ったとはいえ、まだまだ戸惑うことの連続で、お客さんに助けられ救われている部分が大きい。ぼくが飲みに出始めた頃よりかなり年齢層は高くなってしまったけれど、高齢化社会にあってはこんなお店があってもいい。スマホには「今夜行くからね!」と次々に常連さんから連絡が入る。ついに、誰とも、付き合ったり家族みたいな関係を築けなかったぼくだけれど、それはすべてこのためだったのかもしれない。2丁目の小さなこのスペースで、寂しかったり誰かと話したい気分の時にふらりと来てくれるお客さんと、ひとときの家族団欒をつくればいい。あ、もう時間だ。看板を点けるとお店のドアが開いた。

いらっしゃいッ!

2018年09月03日(月)

黒髪ー感染10年日記ー

テーマ:ブログ
■某日
ひとりでかき氷を貪った罰なのか、母が、また、いなくなる。仕事中でどうすることもできず、関係各所に連絡する。幸い、ほどなくして施設のかたが近所で発見してくれたものの、これだけみんなに迷惑をかけ、それでもまだ入所させない自分の選択に迷いが生じる。誤った道を進んでいるのだろうか。

■某日
お目当ての映画が見つからず、仕方なく「BULL/ブル 心を操る天才」を借りる。映画だと思ったら海外ドラマだった、というおまぬけぶり。なので、ドラマだとわかったとたんテンションはだだ下がりでいつの間にか夢の中。すっかり物語が終わった頃に目覚め、いかんせん1話も観ずに返すのはもったいないので、巻き戻して初めから観る。そしたらなんと、ものすごく面白い。眠気が一気に吹き飛ぶ。今の自分にこのドラマの面白さを説明する能力も気力もないけれど、とにかく面白い、とだけ記しておく。

■某日
最近の現実逃避は真っ暗闇での映画鑑賞。今回は「ルイの9番目の人生」。いつも通り内容も知らずにパッケージだけを見て選ぶ。適当に選んだ一作であったのに、なんとまあ自分好み(つまりヤバめ)な映画だこと。これは代理ミュンヒハウゼン症候群を扱っていて、当然観た人は子どもに同情するのだろうけれど、自分の場合、母親の気持ちもわからなくもない、と思えてしまうところにそら恐ろしさを感じる。いやー、そんなことしないけど、でも、人間ってこんなもんだよね、と。

■某日
GPS装置を付けられる靴を購入する。正確にいうと、靴は購入だけれど、GPSの装置やナビはリース契約である。母がその靴を履いて出かけてしまっても、スマホのアプリで位置情報がわかので家族が迎えに行ける、というすぐれもの。だが、充電式で電池が切れていれば用をなさず、そもそも母がその靴を履いてくれなければ意味がない。よって、下駄箱からすべての母の靴を別の場所に移す(隠す)。追加で、その靴が玄関を通ると家の中にチャイムが鳴る装置も付け、やれることはやったよね、という自己満足を得る。そう、いつだって当事者は蚊帳の外。

■某日
自立支援医療の申請書の提出に行く。いくら早く制度を利用しようと思っても、診断書の入手や平日に休める日の都合をつけているうちにどんどん時間が過ぎる。無事に受付は済ませたものの、承認が下りるまでに1か月半ほどかかると言われる。仕方ない。

■某日
ケアマネージャーさんの計らいで、要介護認定の見直し手続きをすることになる。それに伴い、再び要介護認定調査を受ける。一人で立てるか、歩けるか、お風呂に入れるか、着替えはできるか、トイレの介助は必要か、名前は、生年月日は、季節は、と調査員から母への質問が続く。その後、母のいない所で家族への聞き取りが行われる。調査員は熱心に話に耳を傾けながら、一つ一つチェックシートを埋めていく。やはり判定にはひと月ほどかかるとのこと。きっとまた、判定が下りる頃には母の状態が今より悪くなっているのだろう。

■某日
デイサービスのない日にも母が出かけようとする気配がわかるようになる。今日もそう。それとなく観察していると出ていこうとするので必死に食い止める。でもこれが、トイレに入っている時やお風呂に入っている時だったら見失っていただろう。溜息。

■某日
母の髪を切ったついでに白髪染めもする。美容院に行くことはもう難しいので、今後は家でやることにする。前髪はまだなんとかなるものの、横や後ろや左右のバランスを考えながら切るのはかなり難しい。一応形だけは整えたつもりでも、洗った髪を乾かしてみると見事にふぞろいな素人の出来であった。同じことを自分がされたら癇癪を起こして怒鳴り散らすだろう。けれど幸か不幸か母は、髪を切られていることも染められていることもすぐに忘れる。母の髪は白く、細く、薄くなってしまった。それでも全体を黒くすると、一気に若返る。いくつになっても女性は女性。小綺麗にしているにこしたことはない。よし、経験を積んでカットの腕を磨くしかない。めざせ、カリスマ美容師! なんつって。

2018年08月19日(日)

眠剤ー感染10年日記ー

テーマ:ブログ
■某日
母が処方された睡眠導入剤は3種類。どれも高齢者向けで量的にも少ないものばかり。ただ、副作用を知ってしまうと一気に3種類を与えるのは不安で、初日は夜間の睡眠を安定させる2種類だけを飲んでもらう。もちろん、入眠剤とは言わずに、もともと夜飲んでいた薬の種類が増えたと言ってごまかす。飲んでからしばらくすると、起きているのがつらくなり布団を敷いてそのまま就寝。これで、朝までぐっすりと眠ってくれれば本人はもちろんのこと、家族にとってもありがたい。だが。母を寝かしつけてから自分も横になると、悪夢にうなされる。今度は自分が寝つけなくなる。

■某日
眠剤を減らして飲んでもらったものの、母はデイサービスでしょっちゅう居眠りをしていたらしい。帰宅後も座っているのがやっとで、ご飯を食べると歯も磨かず着替えもせずに横になってしまう。なんだか廃人を生み出しているような罪悪感。今夜はさらに薬を減らし、ロゼレム1錠だけを飲んでもらう。

■某日
今日は活発にリハビリにも参加したようでほっとする。ただ、血圧がかなり低かったので入浴時は中止に。帰宅後、もう一度血圧を計ると正常値に戻っていたので、早めにお風呂に入ってもらう。入浴後、血流がよくなり目が冴えてしまったのか、一向に眠る気配がないので今夜もロゼレム1錠を飲んでもらう。

■某日
訪問医にすすめられ、母の自立支援医療のことで役所に行く。HIVの治療で受けている自立支援医療と同様、認知症等の機能障害の場合も、所得に応じて医療費の上限が設けられ、ひと月の自己負担額が制限される。介護は介護する側の心身の健康はもちろんのこと、時間とお金も必要不可欠となるので、こうした制度は本当にありがたい。役所で担当してくれた職員も親切なかたで、わずらわしい書類の手続きも少し前向きに。申請書類一式を受け取って帰宅する。

■某日
認知症の親御さんの介護をしている人のブログを検索して読む。でも、読んで元気づけられるかというとそうでもない。こんなにやってます、笑顔もあふれてます、前向きに取り組んでます、なんてブログが多く、正直、読んでいてつらくなる。自分としては、こんなに手を抜いちゃってます、自己嫌悪の連続です、逃げ腰で暮らしています、なんてブログに救われる気がする。いつもできる人はできない人に無言でプレッシャーをかける。

■某日
仕事をしていると家のことが気になり、休んで家のことをしていると仕事のことが気になる。きっと多くの人が、こうして仕事と介護の両立で悩むのだろう。仕事をしなければ収入がなくなり、仕事をすれば家のことができない。この板挟みの答えはどこにあるのか。

■某日
「セブンルール」を観る。三重県紀北町で買い物弱者となっている高齢者のための移動販売をしている「まおちゃんのおつかい便」のことを知る。働いているのは27歳の女性。日曜日以外の週6日、朝5時に起きて仕入れをし、1日15軒ほどを回る。お総菜や果物を売っていると、女性の携帯には頻繁にお客さんから電話がかかってくる。お客さんの中には買ってきてほしいものを彼女に頼む人もいるのだ。そんな注文にも彼女は嫌な顔ひとつせず、お客さんの家を孫が祖父母に声をかけるように元気に訪ねていく。干してある洗濯物に気づけば、それを取りこんであげる。また、夕方からは自営のお店に立ち、週末は居酒屋で働く。1週間に休みは1日もない。朝5時に起きて働いてもおつかい便での収入は月に10万円ほど。お金じゃなくやり甲斐が生き甲斐と彼女は言う。この若さでこんな考え方をできる人もいるのか、と頭の下がる思い。と同時に、なぜかこれまで億劫で後回しにしてきた草むしりを俄然やる気になる。やらなければ終わらない。ありがとう、東真央氏。

■某日
ケアマネージャーと面談。今後の方針について話し合う。色々な提案を受け、最終決断は委ねられる。正解なんてわからないけれど、自分の信じたほうを選ぶ。

■某日
気分転換に甘味処へ。ぶどうのかき氷を注文する。


所詮は水だから太らないよね、とガシガシ食べる。なんて美味しいんだ。幸せだ。でも、なぜだろう。涙なんて一滴も出ないのに、しょうもなく、泣けて、くる。
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