イエズス会の世界征服活動(2)大航海時代の始まり の続きです)

 

★「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」がユネスコの世界文化遺産に

登録の見通し

 

ユネスコの世界文化遺産に登録される見通しとなりました。

諮問機関が「登録」を勧告し、

2018年6月24日から開かれる世界遺産委員会で最終的に決まります。

今回の登録は、一方的に

「日本が、キリシタンに対し酷い弾圧をした」

この虚偽を世界遺産として語り継ごうとする意図があります。

 (類似記事: ユネスコは、イエズス会の傘下組織

 

イエズス会がどれほど残虐な歴史を刻んできたかが、世界に明らかにされる

絶好の機会が到来しました!

 

これを明確にする前に、先ず深刻な誤解を解かせてください。

イエズス会、ローマカトリック(バチカン)は、キリスト教ではありません。

キリスト教の衣を被り、真っ当なクリスチャンを弾圧してきた軍事組織です。

 

1534年腐敗したローマカトリックを糾そうとした純白な刷新運動を

潰す為に設立した軍事諜報組織です。

カトリックの総本山であるバチカンは反キリストであり

悪魔を崇拝するカルト組織です。

例えるなら
反日特亜が、日本人に「なりすまし」て犯罪を犯し
日本を意図的に貶める ↓こちらの行為と似ています。

 

イエスを殺害し、クリスチャンを大量に惨殺してきた
ローマ帝国が形を変え、キリスト教の衣を着て
悪さをしているのが、ローマカトリックです。
ハルナック(ルター派の神学者。19世紀の有名な教会史学者)もこれについては言及しています。
 
多くの方は、
真っ当に聖書に副った信仰をしている方と
ローマカトリックを同罪として攻撃しています。
 
これは認識すべき、非常に重要なポイントです。

 

このローマカトリックの腐敗に抗議をし、立ち上がったルターの歩みをご参考にしてください。

マルティン・ルターとローマカトリック教皇権との闘い(1)

マルティン・ルターとローマカトリック教皇権との闘い(2)~孤独な闘い

マルティン・ルターとローマカトリック教皇権との闘い(3)~神が共にいる闘い

 

イエズス会の創立者ロヨラは聖職者ではありません。軍人でした。

 

その彼と同じくイエズス会の創設者の一人フランシスコ・ザビエルが

「征服」という明確な意図をもって1549年に来日しました。

以降、日本の将軍達や天皇は、暗殺などの受難を通過しながらも

イエズス会による日本侵略の危機に命がけで立ち向かった
日本の英雄達の壮絶な戦いが展開されました。
日本を守ろうとしたのです。

 

歴史は嘘に満ちています。

イエズス会のような覇権主義勢力によって、力でのし上った者達により

都合良く書き換えられてきました
日本国民に真実は覆い隠され
侵略者から国を守る為に勇敢に戦った武将は『弾圧者』『極悪人』と教え込まされます。

そして侵略者は『英雄・聖人』と美化され、↑この極悪人の弾圧によって

『殉教』したと教えられるのです。

 

牧師のビル・ヒューズさんがアヴロ・マンハッタンの著書を引用し次のように語っています。

「日本の歴史に於いて我々は、世界中で重大な影響を及ぼしたバチカン侵略

より際立った例を見ることが出来る。

中国・シャムの様に、カトリックの貿易商人と司祭達が結託し

我欲を満たし利益拡大しつつも

最終的にはカトリック勢力拡張が究極の基本方針であった事が解る。」

キリスト教を迫害したローマが、宗教国家と形を変え登場したバチカンは

世界を侵略してきた覇権国家です

これは全世界に周知されるべきです。
日本はその危機感の無さが『際立った侵略』へと繋がったとされています。

 

一例として
秀吉が発したバテレン追放令に対する侵略者(イエズス会)による反撃があります。
秀吉は日本を守る為に当然のことをしたのです。

それに対しイエズス会は我欲を剥き出しにして

武力に打って出たのです。
 

バテレン追放令の直後

イエズス会日本準管区長ガスパル・コエリは直ちに肥前に走り、

有馬晴信やその他のキリスト教徒の領主たちに、

力を結集して関白への敵対を宣言しろ働きかけました。

日本にいるイエズス会宣教師らに多数のマスケットの買入を命じ、

火薬・硝石その他の弾薬を準備させる一方で

スペイン軍を日本に導入、パードレを要塞化し

秀吉を打倒する計画をたてました。

本格的な戦争に持ち込んだのです。

侵略行為そのものです。

 

バテレン追放令が発布されて間もない1587年10月15日、

ペドロ・ラモンのイエズス会総会長宛て書簡にも、

また1589年1月30日、フロイスの総会長宛て書簡にも
フェリペ国王がその軍隊をもって要塞を設け、パードレたちがそこに潜ませ、
また彼らが資産や衣服、生活に必要な諸物資をその要塞に保存することができるようにすること、

そうしなければ日本における侵略計画を続行することはできないことを述べています。
ここにはポルトガル/スペインの軍事力が主体的に関わり

それをイエズス会の日本における侵略基盤確立のために

積極的に利用する意図と、

ポルトガル/スペインの対日軍事進出を強く勧告するイエズス会宣教師の強い意志

が表れていたのです。
 

1589年2月、準管区長のガスパル・コエリ以下の幹部パードレらは、有馬の高来で
イエズス会の協議会を開催し、フィリピンのスペイン関係者に

日本へのスペイン軍派兵を要請することを決議しました。

 

冒頭「イエズス会は軍事組織だ」と述べた事がご理解いただけたでしょうか?


ほぼ同じ頃、1590年、バテレン追放令が出されたにも関わらずそれを平気で無視し

ヴァリニャーノに従って長崎に上陸したイエズス会士のペドロ・デ・ラ・クルス(スペイン生まれ)は、

フェリペ2世が日本で権能を持ち防備力を備え、

日本の武力征服つまり植民地化を図ることこそが、

日本布教のただ1つの希望だと述べています。

 

このバチカンの体質は、今も全く変わっていません。

日本の歴史教育では真逆に教え込まれています。
「キリシタン弾圧」「殉教」「迫害」という表現!

侵略者(悪)と、それに勇敢に戦った者(善)とが、

真実とは正反対に洗脳され切っています。

教育を牛耳られている事実は

わが国が「隠れ植民地」である一つの現れです。

 

教科書やマスコミは彼らの洗脳機関である以上、真実を知る手立ては

一次史料がよいでしょう

 

「しかしそれ(侵略)が一部の“過激な”連中だけの策謀では必ずしもなかった事の動かぬ証拠を、

私達は掴んでしまっている。」

(高瀬弘一郎「キリシタン時代の研究」第一部第三章「キリシタン宣教師の軍事計画」)

 

「特にペドロ・デ・ラ・クルスの1599年2月25日付、長崎発、イエズス会総長宛ての長文の書簡を読むと、そこには、キリスト教化を最終的な狙いとする

日本侵略・征服の意義なり、その為の具体的手続きなりが

朗々と述べてあってまことに慄然たる思いを禁じ得ない。」

(高瀬弘一郎「イエズス会と日本 一」199~252頁)

 

この慶応大学の高瀬弘一郎教授がバチカンにあるイエズス会文書館所蔵日本関係資料を翻訳したものがあります。一部を引用します。

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【文献1】~侵略したイエズス会側の書簡などから

「キリシタン時代の研究」(高瀬弘一郎 著)より抜粋

 

●わが国の領土をスペインとポルトガルにどう分割するかということまで触れている。

(文中の「下(シモ)」とは九州の事)
1599年2月25日付けでスペイン出身のペドロ・デ・ラ・クルスがイエズス会総会長に宛てた書翰
「…日本の分割は次のようにするのが良い。

即ちポルトガル人はこの下(例えば上述の志岐または他の適当な港)に基地を得

一方スペイン人の方はヌエバ・エスパーニャに渡ったり、フィリピンを発ったナウ船が寄港したりするのに適した四国または関東といった…地域に基地を置くと良い

(p.154)

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ペドロ・デ・ラ・クルスが指摘したような、良港を手に入れて軍事と貿易の拠点として、布教を進めて領土を拡大する手法は、スペインやポルトガルが世界の植民地化を進めてきた常套手段ではなかったか。

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 ●イエズス会日本布教長フランシスコ・カブラルが1584年にスペイン国王へ宛てた手紙の抜粋[p95]

「私の考えでは、この政府事業(明の植民地化)を行うのに、最初は7千乃至8千、多くても1万人の軍勢と適当な規模の艦隊で十分であろう。…
 日本に駐在しているイエズス会のパードレ(神父)達が容易に2~3千人の
日本人キリスト教徒を送ることができるだろう。彼等は打ち続く戦争に従軍しているので、陸、海の戦闘に大変勇敢な兵隊であり、月に1エスクード半または2エスクードの給料で、としてこの征服事業に馳せ参じ、国王にご奉公するであろう。」

・・・最初日本を侵略、征服の対象としていましたが、

日本は軍事的に征服が難しいから、日本を征服するのをいったんやめて、

日本兵を使って明を征服しようという方針が述べられています。

日本でキリスト教を布教し、キリシタンになった者を兵隊として明侵略に使うとしています。

しかし、日本侵略をあきらめたかのように思えますが、そうではありません。 

  ↓

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●日本に15年滞在した宣教師ペドロ・デ・ラ・クルスが1599年2月25日付けでイエズス会総会長へ出した手紙の抜粋[p147-150] 

「日本人は海軍力が弱く、兵器が不足している。

そこでもしも国王が決意されるなら、わが軍は大挙してこの国を襲うことが出来よう。

この地は島国なので、主としてその内の一島、即ち九州又は四国を包囲することは容易であろう。

そして敵対する者に対して海上を制して行動の自由を奪い

さらに塩田その他日本人の生存を不可能にするようなものを奪うことも出来るであろう。…
 このような軍隊を送る以前に、誰かキリスト教の領主と協定を結び、

その領海内の港を艦隊の基地に使用出来るようにする。

このためには、天草島、即ち志岐が非常に適している。

なぜならその島は小さく、軽快な船でそこを取り囲んで守るのが容易であり、

また艦隊の航海にとって格好な位置にある。… 

(日本国内に
防備を固めたスペイン人の占領都市を建設することの利点について)

日本人は、教俗(教会と政治と)共にキリスト教的な統治を経験することになる。…

多くの日本の貴人はスペイン人と生活を共にし、

子弟をスペイン人の間で育てることになるだろう。…

スペイン人はその征服事業

殊に機会あり次第敢行すべきシナ征服のために

非常にそれに向いた兵隊を安価に日本から調達する(奴隷)ことが出来る。」 

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日本を侵略征服する方法が具体的に述べられています。

そして、日本征服の後、日本兵(奴隷)を使って明を侵略するとあります。

また、日本人の子供をスペイン人が育て、

教俗(キリスト教と政治)一致した植民地支配をするとあります。

カトリック(特にイエズス会)とスペイン、ポルトガルは一蓮托生です。

また、オーストラリアで、アングロサクソンがアボリジニーの子供を強制的に取り上げ

アングロサクソンの家庭で育て白人化しようとした野蛮な政策と全く同じです。
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 ●イエズス会日本準管区長コエリョが1585年3月3日付けでイエズス会布教長アントニオ・セデーニョに宛てた手紙の抜粋[p100-101] 

「国王の義務、及び国王がシナを征服するために

望んでいる日本貿易に大いに関係することだからである。…

総督閣下に兵隊・弾薬・大砲、及び兵隊のための必要な食料、1、2年食料を買うためのかねを充分搭載した3、4隻の符ラガータフ船を日本のこの地に派遣していただきたい。…
 当地のキリスト教徒の領主の支援を得て、この海岸全体を支配し、

服従しようとしない敵に脅威を与えることが出来るのは疑いない。

この国王の援軍が派遣されることにより、…

異教徒とは…脅威を抱き、…改宗を望む者に対する妨害をしようとはしなくなるであろう。

第三に、異教徒はキリスト教徒が国王から援助を受けるのを見て、…改宗するであろう。

 もしも国王の援助で
日本66カ国凡てが改宗するに至れば

フェリペ国王は日本人のように好戦的で怜悧な兵隊をえて、

一層容易にシナを征服することが出来るであろう。」 
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コエリョは軍の派兵を要請しています。

実質的に日本征服と言っているのと同じです。

再度日本兵を用いて明を征服すると言っています。
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 ●九州平定後、豊臣秀吉がバテレン追放令を発した理由として、日本準管区長コエリョに責任があると、ヴァリニャーノが1590年10月14日付けでイエズス会総会長宛てに宛てた書簡の要約[p109-116]

 翌々年、天正15年(1587)に秀吉が九州平定のために博多に下ると、

コエリョは自ら作らせた平底の軍艦に乗って、大提督のような格好をして出迎えた。

日本にはまったくない軍艦なので、秀吉の軍をおおいに驚かせたという。

(投稿者注:その前に秀吉は、神社仏閣大量破壊神官僧侶に対する迫害、ポルトガル商人が日本人を奴隷として海外に輸出していたことに対し激怒していた) 
 秀吉は軍事力を誇示するコエリョに、キリシタンの野望が事実であると確信し、

その日のうちに宣教師追放令を出した

コエリョはただちに、有馬晴信のもとに走り、キリシタン大名達を結集して

秀吉に敵対するよう働きかけた。

そして自分は、金と武器弾薬を提供すると約束し、軍需品を準備した。

 しかし、この企ては有馬晴信が応じずに実現されなかった。

コエリョは次の策として、2、3百人のスペイン兵の派兵があれば、

要塞を築いて、秀吉の武力から教界を守れるとフィリピンに要請したが、

その能力がないと断られた。コエリョの集めた武器弾薬は秘密裏に売却され、

これらの企ては秀吉に知られずに済んだ。

 [これより原文そのまま引用]

関白殿の布告や彼(投稿者注:コエリョ)が屢々(しばしば)語った言葉の中には、この迫害を始めた原因として、

われわれイエズス会士が、神、仏、及び日本古来の法と習慣を破壊する悪法を説教したからと言っているに過ぎないが、

しかし彼(コエリョ)は、イエズス会士は改宗を口実に当地に渡来して、

大坂の仏僧(注:石山本願寺)と同じことを行って

日本王国の支配者になろうとしている、という自分の考えを屢々(しばしば)明らかにしたのである。」
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コエリョは「イエズス会が日本を支配する」とはっきりと言っています。

ローマカトリックが真実を隠し続けても、この一次史料がくっきりと示しています。

島原の乱(1637年)では、キリシタンは「偶像崇拝者を殺せ」の号令の元、

至る所で代官、僧侶ばかりか非信者の一般人にも襲い掛かり、民家を焼き払いました。

 

長崎は侵略に加担した26人(うち4名は外国人宣教師)が処刑された地。

雲仙でも同様に処刑されました。そして島原の乱。隠れキリシタンと

宣教師による侵略と縁の深い地です。

「長崎の原爆はイエズス会による復讐でした。

彼らは復讐という原則の上に生きている人たちです。」ビル・ヒューズ牧師

長崎に落とされた原爆は広島に落とされたものよりも、威力が大きかったそうです。

地形の関係で、被害者の数は広島よりは少なくて済んだとのこと。

そして…落とされた場所は浦上天主堂の、ほぼ真上だったそうです。

 

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【文献2】日本側

日本に残された史料ではどの様に記録されているでしょうか。

徳富蘇峰『近世日本国民史 豊臣氏時代.乙篇』の中の

レオン・パゼー著『日本耶蘇教史』の付録に載せた文書から引用します。

 「ポルトガル人の商人はもちろん、その水夫、厨奴らの賎しき者までも、日本人を奴隷として買収し、携え去った。

而してその奴隷の多くは、船中にて死した。

そは彼らを無暗に積み重ね、極めて混濁なる裡(うち)に籠居(ろうきょ)せしめ。

而してその持ち主らが一たび病に罹(かか)るや――

これらの奴隷には、一切頓着なく、口を糊する食糧さえも、与えざることがしばしばあったためである。

この水夫らは、彼らが買収したる日本の少女と、放蕩の生活をなし、

人前にてその醜悪の行いを逞しうして、あえて憚(はばか)るところなく、

そのマカオ帰港の船中には、少女らを自個の船室に連れ込む者さえあった。

予は今ここにポルトガル人らが、異教国におけるその小男、小女を増殖――

私生児濫造――

したる、放恣、狂蕩の行動と、これがために異教徒をして、呆然たらしめたることを説くを、見合わすべし。」

   (国立国会図書館『近代デジタルライブラリー』)

 1587年(天正15年)6月20日、秀吉によって発せられたバテレン追放令は
以上のような事情から当然の処置でした。

侵略者を入国禁止にしたのは当然のことでした。
その秀吉らを日本の学校やマスコミは、敬虔なカトリック信者に酷い『迫害』をしたと

教えているのです。

信長はイエズス会によって暗殺されたという説もあります。

孝明天皇はイエズス会によって毒殺されたとも言われています。

彼らは命がけで日本を守ろうとした英雄なのです!

 

話は一気に現代に飛びます。

イエズス会は今形を変え「グローバル化」という切り口で

世界支配を推し進めています。

上述の高瀬弘一郎教授の翻訳(宣教師らがイエズス会総長に送った書簡など)

が出版された際

バチカンは慌てて日本侵略関係の資料を非公開にしたそうです。

何故でしょう?

 

今、正定事件で日本は貶められています。

  (イエズス会の世界征服活動(1)正定事件

フランシスコ法王並びにイエズス会総長は

日本のみならず、中国への侵略関係の資料を包み隠さず全てを明らかになさるべきです。

そうすれば、日本と中国に対し侵略の明確な意図を持って行動していた者を美化する

滑稽な列福運動、そして日本を貶める邪な策略も同時に

一瞬の内に消え失せるでしょう。

これは正定事件を考えるシンポジウムの司会を担当されたのが

「新しい歴史教科書をつくる会」の創設者であられる藤岡信勝氏ですので

良い方向へ事が運びますようにと祈る思いです。

藤岡氏は靖国神社の一件でバチカンを評価されていましたが

歴史は大局的視点で見つめたほうがより根本的な解決に繋がると思います。

 

さてこのバチカンの暗躍は昔話ではありません。

彼らの世界支配の目論見は現在より一層具現化されています。

彼らはそれが明るみに出る事を最も恐れています。

 

グローバリスト達は人類を奴隷化し世界統一政府樹立に向け着々と計画を進めています。

今や世界のいたるところに法王権の影響が及んでいます。

 

キリスト教の衣をまとい

本当の目論見『征服する意図』は決して察知されないよう

したたかに振る舞っています。

 

日本のトップの指導者がバチカンの配下に落ちているとすれば

わが国はローマ教皇権の下に置かれます。

 (※教皇権とは→参考「666は、ローマカトリックの教皇権」)

ローマカトリックの教皇権がわが国の憲法より強い力を持ちます。

よく世論や野党の政治家が「これは憲法違反だ」と騒ぎます。

国民は

「何故国益に反する事を推し進めるのか?」

と疑問に感じる事も多々起こります。そのような経験はありませんか?

もしそうであれば、それはローマカトリックの教皇権やその配下にある米国

に従っているからかも知れません。

 

 

 

 

 

 

 

国民が無知、無関心でいるうちに、

既に手遅れになっているかも知れません。

 

 

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