思い付いてしまえばこれだけしっくり来る答えはありません。
私はそもそも働きたくなかった。
ずっとずっとそのサインはありました。
【もう嫌だ症候群】です。
私はどの職場でも一年もすれば辞めたくて仕方がなくなる能力を持っています。
年齢と共にその耐えられる期間が少しずつ延びましたが、それでもどこに行っても、“もう無理辞めたい!”と思うようになります。
この衝動が結構な大きさで、私は自分の腕に爪を立てて激情をやり過ごしたり、人が居ない時は壁に頭をガンガンと打って思考を飛ばすように努めていました。
いや完全に危ないです。メンのヘラです![]()
そうしなければとてもまともに働けないほどに嫌でした。
仕事が嫌で苦しくて泣きながら働く自分に対し、どうして自分はこうなのか、なぜ普通に働けないのかと自責の念に駆られるしかありませんでした。
私はそれをずっと、“私は本当にやりたいことをやっていないからこうなるんだ”、と思い込んでいたんですよね。
視界狭子と名乗っていただきたいほどの思い込みです。
見方が違ったんですね……。
視点が違った。
どこで働いててどこで嫌になっても“この仕事を辞めたい!”と、そこにフォーカスしていたから見えなくなっていたんです。事はもっともっと根本にありました。
辞めたいんじゃなくて、働くことに納得がいってなかっただけだ。
私のインナーチャイルドが叫んでいますことをここに記してみましょう。
もっと親の金で生きたかった!!
いやあ、ひどいですね(笑)
しかしまごう事なき本音です。
私は高校を出てすぐにフリーターになり、その後就職してみたりまたフリーターしてみたりしていました。
最初の何年かは自分に必死だったし気にならなかったことが、余裕が出てくると気になりだします。
大学行ってる子達羨ましい。
仕送り貰える人羨ましい!
実家暮らし羨ましい!!
お金全部自分に使う人羨ましい!!!
ちなみに今は絶賛カレンダー通り連休がある&夏休み冬休みなどがあることを心底羨ましく感じる月間です。
羨ましいって書くと可愛らしく見えますけども、実際棘だらけの気持ちなんですよ。連休だらけの人達ほんと困ればいいのにーみたいな感じなんです。
幼稚の極みじゃねーか!と言いたいですよね。わかります。私も自分に言いました。どこ極めてんだよ、と。
でもちょっと待ってほしい。
では本当に、この世に“大人”という人間なんて居るのだろうか?
いや居ない。
だって大人の定義は、後から作られたものだからです。
少なくとも私は大人になりきれないまま、どんどん大人として生きなければいけなくなりました。
それは強制ではなかったはずです。
他の生き方をもっと早く見つけることも出来たはず。
しかし年齢を重ねるうち、知らず知らずに自分を誘導してきました。
大人としてしっかり生きよう。
そうやって自分に言い聞かせたのは、昔から自分が人より随分幼いと自覚していたせいなのかもしれないです。そしてそのことに強いコンプレックスを抱いていたから。
本当は働きたくないし、好きな時出掛けたいし、興味あることだけしてたいし、事務的なことは全て放棄したいし、月毎の請求書なんか開けないし、当然責任感も無いです。
全部自覚がありました。
【働きたくない】以外は。
そうなんです。働きたくないなんて、知らなかったんですよ!思いもしませんでした!
潜伏していたニート願望……!
それは一体どこから……!?![]()
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次回につづく![]()