最近、いろんなジレンマに悩む。


就活に必死になるのに違和感ありながら、
「就活に使えますよ」の一言に敏感になる。


どこか遠く海外に飛んで行きたいと常に想いながら、
実家に帰ると家族といる幸せをつくづく感じる。


お金で買えないものがあると聞きつつ、
お金があれば出来ることの数を数える。


きっと人生、シロかクロかなんてはっきりしたことはない。本当はみんなもっとグレーの中で生きているのだろう。そのグレーが濃いか薄いかだけのこと。


知り合いがしばらくインドに行ってて、自分のやりたいことが分からないと、あるインド人に相談したらしい。

すると、彼は彼女に言いました。

「What do you want to do in your life?」


「Who are you?」


「You have a choice.



You did a choice.



You have every ansewer in you.



Thinking about yourself, you know yes or no in you.



Follow your ansewer, then you don't go wrong.」


その後、彼女はこう考えたそうだ。


「私は毎日どれだけの選択をし、


どれだけ自分で選んで来たんだろうか。


自分が何をしたいか、何をしようかというのは私自身の中に必ずある。


私はそれにどれだけ向き合って、行動しているのだろうか。


私は自分でここへ来る事を選択し


自分でこれを選んだ。


全部自分で決めたこと、


行動したこと。


選択したこと。


後悔すると思うんなら精一杯やればいい。


リスクになんかならないように、今、頑張ればいい。


できるのか、できないか、じゃなくって


やるのか、やらないかを決断できるか否か、なんだ。


全部自分次第。


私がどう選択し、行動するか。


I have a choice.


And I have an ansewer in myself.


Everything depends on me.」



全ては自分の中に答えがある。やるかやらないか。
胸に響いた話だった。



2008年8月6日午前8時15分、広島は被爆63年目の夏を迎えた。
63年前のあの日、原爆は一瞬にして多くの人間を死に至らしめ、今なお生き残った被爆者は一生消えることのない身体的・精神的傷を抱えている。
現在、被爆者の平均年齢は75.1歳で、昨年の74.6歳からさらに高齢化が進んだ。原爆による死没者の数も25万人を上回った。

核兵器廃絶と世界恒久平和を願うヒロシマの願いは果たして世界に届いているのだろうか。今なお続き、終わることのない戦争・紛争、抑止という名で正当化されている核保有、人間がもたらした環境破壊…ヒロシマの願いは届くどころか世界の現状は悪化しているようにさえ感じる。

広島にいても、平和が戻った今、63年前の出来事は実際の話ではなく、どこか遠い話のように思える。平和に関心のある人とそうでない人にはかなりの温度差がある。また被爆者の高齢化が深刻化する中、後20年もすれば広島から被爆者がいなくなると言われている。被爆という歴史記憶の風化が進む中、語り継いでいくべき人々が減っている。この現状にはとても危機感を覚える。

被爆者で、現在ピースボランティアとして、平和公園・資料館を案内されている人に出会った。若い人が問題に関心を持ってくれることが本当に嬉しいし、ありがたい。と言ってくれた。被爆者の方々は、私たちが想像も出来ないくらいの苦しみの中生きてこられて、中には私たちが同じ苦しみを繰り返さないようにと自身のつらい体験を勇気を出して証言してくれる人もいる。被爆者は被爆都市・平和都市広島の宝である。その人々の言葉に耳を傾け、関心を持つことは広島市民の役割である。

この先、どのようにして私たちがヒロシマの平和を伝えていけば良いのだろう。国家間の話し合いではもはや問題は解決しえないことを私たちは20世紀を通し学んだ。これからは、世界中の人々が地球市民であるという意識のもと、自国の利害を優先する国家に代わって、パートナーシップを結んでいくことが大切であると思う。全くの理想論のようで大きく聞こえるかもしれないけど、身近なことから始められると思う。まずは、自分が積極的に問題に関心を持ち、学び、知ること。そして、そのことを友達・家族・他人・外国の人と話し合うこと。このことを一人ひとりが実行するだけで広島は確実に変わる。


自分自身、心の中にジレンマがあった。日本人として、アジアの人々に過去の日本の残虐行為を申し訳なく思う一方、アメリカに対して、日本人は被害者であるという意識があった。しかし、セミナーを通し、アジアの人々もアメリカの人々も、その他の国の人々も同じことを分かち合い、理解することが出来た。あるアメリカ人は、被爆者の証言を聞いた後、話してくれたことと生き抜いてくれたことに感謝の手紙を書こうとみんなに提案した。ある中国人は、今まで日本の被爆者に何が起きたのか気にしたこともなかったし、興味がなかったけど、今は違う。同じ人間として、戦争・核兵器に反対する。と言った。その彼らの気持ちにもはや国境・過去の責任の転嫁はなかった。みんなきっと同じ気持ちだった。

きっと平和とは大きなことであり、小さなことからはじまるんだと思う。ただ考えることを忘れてはいけないと思う。今の平和な日本は過去の誰かの犠牲の上に成り立っている。そして、私たちは同じ過ちを二度と繰り返さないように学ばなくてはいけない。

広島にはきっと後1年少ししかいないけど、20年後被爆者がいなくなってもヒロシマを絶対に忘れない。

8月9日午前11時3分:長崎の人々にも同じ気持ちを思う。
ヒロシマ・ナガサキから世界に核兵器・戦争の恐ろしさを発信し続け、心から平和な世界を願ってやまない。