FREE WALKING TOUR Part1-1 | BLUE TRAVEL

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NO TRAVEL, NO LIFE!
行きたいとき、行けるときに行かねば。

ベラルーシ2日目

 

Free Tourのサイトを見つけまして、毎日11時~催行されるWalking Tourに参加してみました。

 

サイトはコチラ

http://www.freewalkingtour.by/index.html

 

DURATION: 2—2.5 hours.
LANGUAGE: English.
HIGHLIGHTS: The Upper Town, Trinity suburb, The Opera and Ballet Theatre, Circus, October Square.

 

11:00、待ち合わせ場所は市庁舎前広場に立つ鍵を持っている銅像前。

 

 

英語を流暢に話すイケメンガイドさんに率いられ、ポーランドから4名、ロシアから2名、計7名が参加。

素晴らしい青空ブルー音符

いい天気に恵まれました。

 

 

聖霊大聖堂

 

大聖堂から神父様と信者様ご一行が教会から出てきました。

 

 

教会を一周して戻るようで、何らかの儀式でしょうか。

 

 

昨夜賑わっていたBar通りは3年ほど前に整えられた新しい通りだそうで。

Localからすれば単価が高い(ビール5€~)ようです。

 

川向うにはTrinity Hill(トラエツカヤ地区)という、古い時代のミンスクを再現した街並みが広がっています。

ここには博物館やレストラン、クラフト工房などがあります。

 

 

ガイドさんの英語が流暢すぎて半分くらいしか理解できなかったあせる

説明の途中でちょいちょいクイズ方式が出てくるので(回答を求められる)油断できず、一生懸命耳を傾けてました。

なので、適当に解釈している部分もありますので、私の説明は適当に読み流してください。

 

ミンスクは、街全体が新しく造りなおされてます。

巨大な建物も、巨大な道路も、旧ソ連風なんですが、ところどころ『古き良きミンスク』風にもなっています。

 

ある人が「ミンスクの中心地(DownTown)はどこだ?」と聞いてきたそうですが、実際の所、ここが「中心地だ!」という場所がないそうです。

「ミンスクの面影を残している場所」というのはあるそうなので、それはツアー解散してから行こうと思います。

 

 

ポーランドからメンズ3名グループが参加してたんですが、一人がリュックを背負ってるだけ、残りは手ぶらでスーパーのビニール袋持参。

ビニールの中には牛乳の大きなボトルが入ってて・・・

ちょっと銭湯行ってくるね、ってスタイル。

やはり手ぶら観光が理想です。

私もいつか鞄なんか持たず手ぶらで出歩きたい。

 

 

あの橋を渡ると涙島。

 

 

アフガニスタン出兵慰霊碑

 

悲しみに暮れる女性像が塔の周りに立っており、みなそれぞれ違う表情をしています。

 

1979年ソ連はアフガニスタンに侵攻。

10年間の戦争中、10万人の兵士のうちベラルーシ兵士が3万3千人、700人以上が亡くなり多くの人が負傷しました。

 

 

ガイドさんいわく、普段は扉は閉まっており、開くのは年に2回。

この日はその特別な日に当たったようで、扉が開いていました。

 

 

搭中央に何かがあったんですが見えず。

違うツアーのガイドがこの中で説明していて、狭い搭内は身動き取れないほどぎゅうぎゅうで。

こんな狭い中で説明すんな!!!と思いますよ。

 

 

慰霊碑的なブロンズ板が4か所にありました。

人が居すぎて2か所しか見れませんでしたが。

犠牲者の名前が刻まれています。

 


橋のたもとには終戦の年が。

1989年なんて、ついこの間じゃん、と思ってしまう。(そーでもないか)

 

 

スターリン様式の巨大なマンション

 

途中「今のベラルーシの立場」の解説がありました。

ロシアにもいい顔して、西側(EU)にもいい顔して、どっちにもいい顔しているのがベラルーシだと言ってました。

あとは「ベラルーシってロシア人?」みたいな質問が多々あるようですが、

我々はBelarusians(ベラルーシ人)!!!ですよ~、ベラルーシ語もありますよ~、と。

でもロシア語の方が広く使われていて、3割くらいの人がベラルーシ語が分からないと。

田舎の方へ行くと、あえてロシア語を話さない地域もあるそうな。

もちろん、理解はできるけど口にしない、みたいな。

 

20年以上独裁体制を維持するルカシェンコ政権は今後どうなっていくのでしょうか。

 

ルカシェンコの話題は出ませんでしたが、私達のようなツーリストが自由に歩けるし、独裁国家的厳しさは全く感じませんでした。

“政治のイメージ”と“人々の暮らし”はイコールではない、ということです。

 

つづく