2020年の始まり ~ 更に上を目指して | ブルージェットの空からブログ|プライベートジェットの機長・航空会社社長ブログ

2020年の始まり ~ 更に上を目指して

「是非、ガルフストリームG550の免許取って下さい」

僕には何よりも嬉しい言葉だった。

ロサンゼルスのハリウッド北には世界の大富豪がジェット機を置くバンナイス空港があり、

そこに第2次世界大戦のパイロット達が設立した、コンドールスコードロンという秘密組織がある。

スコードロンのメンバーに常に席を用意しているレストランが空港の北にあり僕はそこで食事を許された。

食事をしながら金曜日の夜は分刻みでプライベートジェット機が離陸する。

レシプロ単発機・双発機・ターボプロップ単発機・双発機・水上単発機・水上双発飛行艇

1人操縦N類ライトジェット機・2人操縦T類ミドルジェット機・尾輪式飛行機・レシプロ最速戦闘機P-51を乗りこなし、

最低50機種を経験して、5000回の離着陸を経験して、世界大戦機のパイロットの世界では1人前と見られる

最後残された、東京からアメリカまで大陸横断出来るG550のようなATPで2人乗りT類ジェット機の免許を取得して

ようやく、歴史あるリノ・エアレースに堂々出場したいと言っても恥ずかしくない最低ラインだろう。

僕は世界でアビエーターという言葉では最低ラインの位置にようやくたどり着いた。

あと1つ年に1度の試験ノースアメリカンアソシエーションが認める編隊飛行のライセンス取得が最後見えてきた。

この資格は米軍で戦闘機パイロットを経験して取得していないと取得のハードルが高い。

僕が狙う最高峰のT-6とアンリミテッドクラスだけには危険なのでその証明が必要になる。

試験は4機の戦闘機で行うので、全米でも民間人出身でその資格を取得するには機体と人員のハードルが高い。

CAF(世界最大の大戦機組織)でノースアメリカンの前席機長資格に25時間の単独飛行が終わり、

後席の教官資格を取得して、初めて知った。今思えば8年前に最初挑戦するとき聞いたら挫折してたかもしれない

日本人で取得までは過去にいない。だから最初に挑まないと日本人の出場は永遠に閉ざされるだろう。

バンナイスの組織のパイロットに認めてもらう以外に道は険しくその組織に技量と人間性を認めてもらえて嬉しい

2つの夢が同時進行で、ロマンを感じながら生きていることに幸せを感じるようになってきた。

「時はまだ」 僕には頑張るという言葉も気持ちもないから、今までどおり普通にいこう。

年明け新たに2社が加わり、約50社程度をコントロールして、夢とロマンを追いかける。

まだまだ頭の引き出しに余裕がある。更に上を目指して謙虚に勉強したい。

世界のアビエーター(パイロットが同時に会社経営する)には負けたくない。

12年で1クールと考えると60歳までの最終章の始まりになる。

時間がほしい

 

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