願いの指輪 ~ 幸せを願い挑戦の始まりに心動く時 | ブルージェットの空からブログ|プライベートジェットの機長・航空会社社長ブログ

願いの指輪 ~ 幸せを願い挑戦の始まりに心動く時

2008年リーマンショックが起こったクリスマスイブの午後だった。1年間仕事でお世話になった女性がいた。

名古屋に毎週のように行って会っていたが一度も2人で食事をしたことがなかった。彼女は誠実で美しい。

名古屋駅でランチを2人で食べた「クリスマスだから僕が何かプレゼントするよ、何がほしい?」

「私、カルティエの指輪がほしいです」 びっくりしたが、「わかった行こう」

彼女が指差すダイヤの指輪の値段を見ないでクレジットカードを投げた。

「ありがとう、今度はいつ名古屋に来ますか?」 「ごめんなさい、わからないよ」

新幹線の改札口で初めて抱きしめて、お別れをした。

新幹線で東京に向かいながら、彼女に「願いの指輪の物語」をメールした。

たった1度だけ願いを叶えてくれる指輪を頂いた女性が1度もその願いの指輪を使わず幸せに人生を過ごした。

今、思い返すとそれは自分への願いの指輪だったかもしれない。彼女の笑顔は挑戦する勇気を与えてくれた。

僕はその時まだ「ブルージェット」を名乗っていなかった。飛行機業界で独立は不可能と言うほど難しい。

朝日新聞社を辞めて不良債権処理ビジネスをしながら航空会社のパイロットの2足のわらじを履いていた。

会社は8年目、ホテル事業は展開を急ぎ借金が多く、危険な地上げに挑戦して、裁判ばかりしていた。

1人になって家にも帰れず、本当に今思いだすと未来は見えなかった時であった。

大企業を1代で築いた大社長にも勇気をもらい、正々堂々、恐れることなく誠実に戦おうと覚悟を決めた。

願いの指輪のその日から、僕の奇跡の快進撃が始まる。

1人になり、協力者は名古屋に集まり、会社名を朝日観光開発からブルージェットを名乗る。

次々と金融機関と正面から戦い、数々のホテルを立て直し、化粧品会社を設立挑戦した。

念願だった事業免許を所持する歴史ある水産航空を手に入れ、名古屋にお別れを告げる。

そして、このビルの25階社長室を去る時、最後手を降って見送る彼女の姿は忘れられない。

今日は彼女の誕生日「宝くじの日」と言うが、9月2日は降伏文章に調印した終戦記念日だった。

それはゼロへの挑戦の始まりだったのかもしれない。

たくさんの勇気と笑顔をくれた彼女への感謝の気持ちは一生忘れない。

「お誕生日おめでとう」 「ありがとう!!」元気のよい返信が嬉しかった。

幸せに生活していて、願いの指輪のたった1つのお願い事は使わずに彼女のお守りになればいい。

「岐阜の生まれなんです」 びっくりした 「ゼロが初めて飛んだ場所だね」 

30度を超えた夏に初めて2人で会って、天神を2時間ほど連れ回して、ワンピースと靴を選んだ。

見かけたコートが似合っていたので値段も見ないで、クレジットカードを投げた。

恋人でもない女性に、こんなことをしたのは2度目、冬までに決まる挑戦への不安は自信に変わる。

言葉数少ない彼女の気持ちが僕には見えた気がした。

「ありがとうございます」 「安心していいよ、こんな事で君を口説いたりしないよ」

「運命があるのなら、そのコートを着て冬に食事するのを楽しみにしてる」

 彦星ケーキを食べて握手をしてお別れした。

ジェット機を北九州空港に運び、途中の福岡、東京に向かう旅客機で願いの指輪の事を思い出していた。

「糸島に咲く、夏の花クルクマの花言葉を知っていますか?」

僕は密かに新しい挑戦を冬までに挑もうとしている。

 

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