YS-11 が再び飛んだら、それは水産航空㈱の無事故で設立60周年へのスタート | ブルージェットの空からブログ|プライベートジェットの機長・航空会社社長ブログ
July 05, 2018 03:18:39

YS-11 が再び飛んだら、それは水産航空㈱の無事故で設立60周年へのスタート

テーマ:ブルージェット

「君はどういうパイロットになりたいの?」22歳のC208キャラバンでYS-11と飛行するパイロットに質問する。

「自分は、小型機でずっとやっていきたいです!」

「そうか、編隊飛行の打ち合わせをしよう、YS-11のエルロンの出っ張りと、操縦席からの僕の頭を線で結べ」

彼と同じ年の頃に初めてC208キャラバンで悪天候の中飛んで死ぬかと思ったことを思い出した。

彼は当時の僕より、ずっと上手な飛行を見せてくれて嬉しかった。

機体の最終点検で、鳥の卵を見つけた。大切に操縦席の後ろに乗せて飛ぶことにした。

YS-11と共に飛行許可を取得した機体を見て、、エアロラボ社の粋なはからいに感動した。

思い出の僕の飛行機、登録記号JA4111僕のデザインのビーチクラフトA-36ボナンザが登場した。

1999年10月の終わり、僕は朝日新聞社の編集局長室で辞表を出した。

銀行や証券会社が次々潰れる中、金融混乱の時期をチャンスと捉えた。

「不良債権処理をメイン事業として、来月会社を設立したいです、必ず数年以内に自分の力で飛行機を買って

この上を飛んでみせます、小さい航空会社とホテル業、JALとANA以外で1人でその経営に挑戦してみたい」

2004年、32歳のクリスマスの日だった。僕はこの飛行機で東京をひとりで飛んだ。

週末は本田航空で計器飛行証明過程の教官をしながら、本業では1件目のホテル売却に大勝負をかけ、

2件目のホテルの14億円の負債に頭を悩ませ、3件目のホテルの15億円の負債に頭悩ませ

4件目のホテルで16億円の負債と戦い、それでも全額銀行からお金を借りてこの飛行機を買った。

クリスマス、飛びながら、僕は全部の負債を消す秘密の勝利の方程式を胸に秘めていた。

フランス製ソカタ式TBM700、ジェットエンジンでプロペラを駆動する、東京から大阪は旅客機に勝てる

最速の単発ターボプロップ機、現在日本で1機のみの飛行機

「僕も飛び入り参加で、YS-11についていっていいかな?」友人達が突然、高松空港に現れた。

YS-11 A-36 C208 TBM700 の4機で飛行することになった。

今日は、水産航空株式会社設立記念日、60年目のスタートの日、日本一小さい航空会社かもしれない、

どれだけ儲けたか、どのように儲けたか、そんなもの重要ではない。

どのように歩き続けるかが重要である。

 

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