育てられています

子育てをしていると、しばしば自己嫌悪に陥ります。


子供と接していると、自分の欠点、未熟さを痛感させられる


ことが日常茶飯だからです。





子供は自分で両親を選んで生まれてくると言われます。


「こんな未熟な私のところに、どうして来てくれたんだろう」


「せっかく、選んでもらったのに、こんな母親じゃ・・・」


と、マイナス思考になることもしばしば。




けれど、スピリチュアルな感性を受け入れるようになってからは、


ネガティヴに陥ることは、そう頻繁にはなくなり、


たとえネガティブ思考になっても、心持ちの転換が


できるようになりました。



それには、まず自分の心の中をじっくり


内観することが大切です。




「どうして、娘を叱ってばかりいるのだろう」


「叱っていると言うより、自分の感情をぶつけているだけかも」


「ではどうして。自分の価値観で計ろうとしているからでは?」


「なぜ、有りのままの娘を受け入れられないのかな・・・」




などと突き詰めて行くと、最後には100%自分のそのときの


心のあり方に問題があることに気づきます。




それは、自分の中で納得・消化できないことを抱えていたり、


日常の雑事に追われて、心を開放する時間がなくて


心の奥底ではいらだっていた自分に気づいたり、


何かしら、自分に原因があることに気づくのです。




また、子供が言う事を聞かないと思えるときは


(そもそも、子供を親の思うとおりに動かそうと


思うほうが間違いですが・・・)、


自分が、人の意見を受け入れていなかったり、


自分自身を好きになれずに受け入れられなく


なっていたりします。




子供は母親のその時の心を写し出す、


大きな鏡なのかも知れません。




そう考えると、未熟な自分を見返ることは大事ですが、


必要以上に卑下することもなくなってきます。


感謝の心、温かい感情があふれ出てくるのです。





もう一つ。人は、生まれ変わり、死に変わりを繰り返す中で、


親が子になったり、子が親になったりしていることも。


自分よりも子供の方が転生を多く繰り返している


先輩魂なのかも知れない、と言うことです。


敢えて、自分よりも魂が未熟な母親の元に生まれ出でて、


そこで学ぼうとする、意欲的な魂なのかもしれません。





そう考えたとき、娘を一人の魂として尊重できるようになります。


(忘れかけた時は、これを思い出すようにしています。)


「もしかしたら、娘の方が向上が進んでいる魂なのかもしれない」


と思うと、親だからと言って、肉体の上では年上だからと言って、


頭から娘の言動を否定したり、意見や物事を親の考えで


押し付けてはいけないと気づけるのです。





お互いに学び合って、育て合っているのだと思えるのです。





未熟なママだけど、頑張るね。


ありがとうねラブラブ






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