物について | 放課後日記♂先生はゲイ♂
2006-08-27 22:49:17

物について

テーマ:ブログ
僕はブランド品、特にヴィトンが大好きである。ボーナス毎に自分へのご褒美として1つずつ買うことをここ2~3年続けている。今日は僕の物に対する思いを書く。

 先日、研究室で仕事をしているとある生徒が僕の傍らに立ち、おもむろに財布を差し出した。

「先生、これをお土産で貰ったんですけど、本物と偽物のどちらだと思いますか?」

と聞いてきた。なんでも、姉が香港に行き買ってきたらしい。見ればルイ・ヴィトンのモノグラムの二つ折。

「ちょっと貸してみて。」

とりあえず革の臭いをかぐ。うっすらと何かしらの臭いはするが無臭に近い。その割にはほぼ新品状態だ。

「残念だけど、たぶん偽物だと思うよ。」

「やっぱりそうですか。でも見た目じゃ分からないですよね?」

「まあ、そうかもね。でも高校生がヴィトンを持つのも変だよ。」

「うん、でもせっかくだから使います。」

 最近は、精巧な偽物が国内外を問わずかなり流通している。インターネットオークションで見かける激安商品のほとんどがそうではないだろうか。中古品は別として希望小売価格数万円の商品がどうして数千円で手に入るのか、考えてみればすぐに分かるはずだ。数年前、グラフィティが流行った時、若い子たちがこぞって札入れを尻のポケットに入れていた。もともと流通量が多くはない上に、高額プレミアム商品。なぜ皆が手にし、ぞんざいに扱うことができるのか・・・・。偽物天国日本に悲しくなった。

 僕がブランド品を買い求めるようになって4~5年、ヴィトンの品を持つようになってまだ3年程度しか経っていない。それまでの僕の収入ではとても買う余裕が無かった上に自分自身それに見合うような人間であるとは思えなかった。生活に余裕が出るようになり、仕事も充実してきて初めて持とうと思えるようになった。

 考えてみれば財布1つで数万円、決して安い額ではない。しかし大事に使えば10年も20年も直しながら使える、それが本物の魅力であるように思う。これ見よがしに使うのは恥ずかしい、さり気なくごく自然に使えるのが大人。そう思うと自然に自身の振る舞いも変わる、物に人間が育てられるのも悪くはない。

 僕は何でもそうだが、物は少し背伸びをして買うくらいがちょうどいいようと思っている。普段持ち歩くものから車、家、家具etc・・・・。最初の出費は痛いが飽きることが無いので買い換える必要も無く結果的には安くつくからだ。飽きるという気持ちは大切に扱う気持ちが薄れるからこそ起こる。ならば大切に扱うだけの価値を持つものを持てば良いのだ。もちろんそれは額の問題ではない。プレミアム商品が良い例だ。いたずらに高額なものはブームが去った暁には値下がりし適正価格となる。皆が欲しがっているからといって価値があるとは限らない。高いから良いのではない、良いからこそ高いのだ。本当に高い質を誇るものはそうそうに値が下がることはない。

 どんなに精巧なフェイク(偽物)であっても、しょせんそれはフェイクに過ぎない。安いからと言って飛びついて何になろう。残るのは虚栄心だけだ。偽物はそれを持つ人の心まで貧しくする。

 似たような例に女性たちが海外へ行き高級ブランド品を買い漁るという現象がある。大きなお世話ではあるが、それが健全な買い方であるとは思えない。物を愛するのではなく、多くの物を持っている自分を愛しているに過ぎない。だからこそ少しでも安く買い求めたり、飽きた品を質入して、そこで得た金を別の物に注ぎ込むのだ。物欲に支配されることほど空しいものはない。そもそも何かを我慢して買うようなものではないし、安く買えたからといって喜ぶような性質のものでもないのだ。ましてや憧れの芸能人が愛用しているからといって買い求めるようなものでもない。自身の感性で気に入ったものを少しずつ買い大切にする、これこそ真っ当な買い方だ。

 盲目的に買い漁る人はフェイク品を買い求める人と物を愛していないという点で何ら変わりはないのである。


【お知らせ】

明日の夕方より大阪に出没する予定です。センセさんとデート!?する予定なのですが、在阪の方で僕と遊んでもいいよとおっしゃっていただける方は「メッセージを送る」からご連絡下さい。明日の朝、またメッセージを確認しますのでその時までに頂けますと幸いです。なお明日、明後日は更新をお休みとさせて頂きます。

 

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