気になるあの世のこと、そしていつかは、自分も迎える死 | ライフステージでの医療と福祉の上手な付き合い方

ライフステージでの医療と福祉の上手な付き合い方

看護師として25年以上、医療・介護現場での勤務経験から、ライフステージにより、上手に医療・福祉(介護)の利用をアドバイス。「健康探しで、楽しく人生を送る」ことを目標に、日々の健康になれる情報収集をしています。

数年前に納棺師さんの講演を聞いてから、

死後の世界などが気になるようになりました。

 

結構おもしろい、あの世のこと

 

あの世や死後の世界の文献を見ると

本当に面白い。

 

先日見つけた「人は死んだらどうなるのか」という本。

さとう有作さんという、漫画家さんが書いたもの。

あの世で亡くなった方が

極楽浄土までたどり着く経過をマンガで解説しています。

 

この世での行いが、

あの世での極楽浄土への長く厳しい道のりが決まってしまう。

決して楽な道ではありません。

 

初七日や四十九日、一周忌などの節目の法要の意味は、

亡くなった人が節目での裁判で罪が軽くなるように

この世に残った人が祈りをささげるのだそう。

 

このことを知るまで、

法事の意味が分からず参列していましたが、

今後の法事はきちんと故人のために祈ろうと思うようになりました。

 

病院で迎える死、自宅で迎える死は違った


病院で亡くなるのが当たり前になる前、
昭和の3世代家族だったら、家族で力を合わせて

祖父母など家族の看取りを家ですることは普通だった。

 

だから

子どもの頃に身近な人の死を経験している人も、

珍しくなかったはず。

 

現代は、多くの方が病院で亡くなるのが当たり前。

病院という非日常で死を迎える方が多いので、

看取りを経験する機会もない人が多い。

だから、死はすごく特別になってしまった。

 

私は看護師として働くことで、

一般の方よりずっと身近に死を感じてきました。 

 

でも病院勤務時代には、

死生観は一般の方とあまり変わらず、

死は怖いものでツライものでした。

 

亡くなった後のケア、

特にエンゼルケアは、心身共に疲弊する業務でした。

 

しかし訪問看護師として、在宅での死・看取りを行ったら、

静かに安らかに迎えられる死を経験しました。

 

本当に人は、自然に植物が枯れていくように

最期を迎えるとあまり苦しまずに済むのです。

初めの頃は、目から鱗でした。

 

私は訪問看護師として、

看取ることが不安なご家族を少しでも混乱させないように。

そして患者さんにも、安心できるよう、

ゆったりと過ごせるように努めていました。

 

亡くなった後のエンゼルケアも、

ご家族の希望があれば一緒に行います。

 

旅立ちの衣装への着替えやお化粧なども、

生前のご本人エピソードをご家族に伺いつつ、

時には笑いが出たりと、ほっこりした雰囲気で行うのです。


残されたご家族と一緒に看取りを行った同士として、

悲しみや心身共に疲弊していても、

お互いを労うような達成感があるのです。

 

すごく不思議でした。

病院で亡くなる直前の悲しい姿のイメージから、

死に対する恐怖の価値観が大きく変わったのです。

 

生と死は常に隣り合わせ、だから今を大切に生きたい

 
私はいつかやってくる
自分の死を意識するようになりました。
 
「毎日何となく過ごす」のではなく、
「今日の自分が行った成果」を残すことを意識しています。
 
そして、「自分だから、できること」を少しずつ実行していく。
それが「この世での私のミッション」であると思っています。
 
あの世に行ったときに、この世での成果が物を言う。
あの世での裁判で後悔しないよう、
今から少しずつ徳を積むことをしておくつもりです。