La Resistance

La Resistance

新たな戦いが始まる 
私たちは抵抗する
この麗しい世界を穢したものたちへ
もう時間はない 急がなければならない
老兵たちよ 立ち上がれ
同志たちよ 石をとれ!

 

地球の果てまでつれてって

横尾忠則

 

 

横尾さんには興味があったので

ちょくちょく著作を

読ませていただいている。

この本は70年代半ばから

後半にかけての随筆と日記が

収められていて、

ちょうど横尾さんが仏教、

もっと広く言えば

宗教的フィロソフィーや

神秘主義的なものに

傾倒しているころの本である。

禅問答や座禅の話、

さらには

UFOの話にまで発展している。

面白いことに、

世界的芸術家である横尾さんが

意外にもいろいろなことに

苦悩している。

特に不眠には悩まされている様子で、

度々そのことを難じている。

客観的にみれば、

本の装丁やジャケット・デザイン、

ポスターの制作や個展、

その上エッセイの執筆まで

引き受けているので、

仕事が忙しすぎて脳が高速回転し、

覚醒しているのではないか

と思われるのであるが、

ご自身はそれをカルマだと

思われているようで、

しきりに座禅を組んでみたり、

瞑想してみたりして、

不眠が消えたらカルマも消えると

信じているようだった。

「悟りたい」「解脱したい」という

言葉もよく出てきている。

私もその昔はよくそんなことを

考えていたので分かるのだが、

そういうことに囚われているうちは

なかなかうまくはいかないようである。

寧ろ、そういう考えというのは

裏返せば「人を出し抜きたい」

「楽になりたい」といった、

およそ悟りとは逆の、

都合のいい考え方であり、

益々心の迷路に

墜ちこんで行くものであると、

或る日気づいた。

だから私は

「煩悩万歳!」なのである。

性欲、物欲、金銭欲、

いいじゃないか!

人の世はそんなもの、

とことん欲望を

追い求めればいいじゃないか。

地球の果てまで

行ってみればいいじゃないか。

そしてある瞬間、

「もうこんなこといいや」と思う。

それこそが「悟り」ではないかと

私は考えている。

禅問答なんて、

インド人の屁理屈である。

おそらく横尾さんはもう

気づかれたことであろう。

いま、隠居して好きなことしか

していないそうである。

それでいいのだ!