8月6日、伯母

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昨晩、伯母から愛情溢れるメールを拝受した。


我々一族の過去から私のことにいたるまで、深く掘り下げた内容だった。


感謝してます。



由紀子伯母とは、小学校1年の時に2段ベッドの上下段を共にした仲だ。


昭和44年、伯母の結婚前の夏のことだ。



ある日、私は近所の文房具屋さんで「巨人の星」のプラモデルを購入した。


星飛雄馬のピッチングフォームのモデルだった。


いてもたってもいられなかった。


たまたま家にいた伯母に、「作って!」とせがんだ。


当時大学院生(よね?)だった伯母は、当然プラモデルなど作った経験はなかった。


「ええ?できないよ~」


「作って~作って~!!」


困惑する伯母の腕をひっぱり、駄々をこねて作ってもらった。



由紀子伯母さん、一生忘れません。


ありがとうございました。



あれから39年。



先ほど、大学教授の従兄弟である秋彦氏から我々一族が住んでいた地区の衛星写真を添付してくれた。


なつかしい。


まだ、レンガ沿いの玄関口はあるんだ。



色々あったね。



日本で最初の夏休みだった。


従兄弟達と通学していた小学校は我々の家から30秒足らずの距離だった。


走ったら10秒ちょっとの距離。



朝のラジオ体操がジジ、ジジといったノイズを含んでPAから流れてくる。


セミの鳴き声。


冷麦とスイカ。


さおたけ屋さん。


学研の黄色いビニール袋。


白いランニングシャツと黒の短パン。


夕立の後のカタツムリと紫陽花。



でもそういったなつかしい光景は、いとも簡単に悲しく汚くそして肉体的苦痛を伴う事件にかき消されてしまう。



黒いセドリックのシートが倒される。


悲鳴。


日本大使館プール横のロッカー。


嗚咽。


兵舎武器倉庫。


マリファナの匂い、暴力と涙。


青酸カリ。


LSDとマッシュルーム。


注射器とQuay。



14thSt.のDanceteriaの男子便所。


出血と嘔吐。


Cocaine。



Brooklyn Heights、10thAve.の地下。


暴力と凶器。


Fort Leeのアパートの7階。


暴力と狂気。


New York、Ossiningの森。


恐怖、ナイフ、ロープ...



また心の原風景に鉄格子の窓がリアルに、そしてVividに復元される。


元パートナーとF。


彼らのMaywood Municipal Poolでの逢引。


止めて欲しいと懇願する私。


彼女の嘲笑。



誕生日のミゾレ。


George Washington Bridge.


未遂。


病院。


鉄格子の窓。



別れ。


娘の涙。


頭痛...嘔吐。



Everytime, when I look in the mirror...All these lines in my face getting clearer...The past has gone...

Dream On by Aerosmith



あまりにも小日向は遠くに行ってしまった。


あまりにも私が遠くに行ってしまった。


今日も教室の窓から自由が丘の通りを眺めた。


ギャップに首を傾げてしまう。



でもそんなとき今夜、すばらしい生徒さんがみえた。


お導きとしかいえなかった。


3日前、彼女はご主人とある目的で出雲神社に赴かれた。


そのときのお話を懸命に英語で伝えてくれた。


瞬時にその光景が私の心に浮かんだ。


彼女も私の状況をつかんでいた。


一時間の間に自由が丘の一教室は、因幡から伊勢、そしてエルサレムの空間までを「そこ」に作り出した。


出雲の社で彼女にも「降りてこられた」とのことだった。


H宮司のお話をした。(あっ、奥様はご無事に退院されたとのこと。よかった)


彼女も私の話を聞き入れていた。


安堵的平穏が我々の間に生まれた。


久々の神秘的空間がそこにあった。



今夜は気分よく校舎を後にした。


頭痛も和らいでいる。


お薬のおかげかな?


いや神様のおかげだな。




米国ではみんなどうしてんだろ?


会いたいな。


いつの日か、またあえるのかな...