(Number Web)
「実力は元より、彼のカリスマが欠かせない」
これは、2010年W杯でコートジボワール代表を率いた、スベン?ゴラン?エリクソンのディディエ?ドログバ評だ。当時のドログバは、既に32歳のベテランFWだった。それから更に4年。大ベテランとなった現在でも、ドログバの重要性は低下していない。
無論、加齢による走力の衰えは隠せなくなっている。最終ライン裏のスペースを駆け抜ける機会は減り、必然的に得点数も減っている。だが、エリクソンが重視した「オーラ」の源は大舞台での勝負強さであり、その持ち味は前大会以降も変わっていないのだ。
チェルシーでの最後を、クラブ史上初のCL優勝を決めるPKで締め括ったのは2年前のこと。そもそも、バイエルン?ミュンヘンに攻め込まれ、リードも奪われたチェルシーが、延長を経てPK戦に持ち込むことができたのはドログバのおかげだ。
フルタイム2分前に訪れたラストチャンス、頼れるセンターFWはニアポストに届いたCKを同点のヘディングシュートに変えた。その2週間前には、自身4回目のFAカップ優勝を自らの決勝点で実現している。FAカップ決勝全4試合で得点者となった選手は、140年を越す大会史の中でもドログバしかいない。
「ワールドクラスのまま」と評したモウリーニョ。
昨年1月に上海経由で移籍したガラタサライでも、ここ一番では強さを見せた。好例は、下馬評を覆して突破を果たした今季CLグループステージでのユベントス戦。グループ2位を競った格上との直接対決2試合で、ドログバは1ゴール2アシストで4ポイント獲得に貢献している。
特にポストプレーによる2度の得点演出には、ドログバらしい絶対的な空中戦での強さとエアジョーダン レブロン12 としの巧さが見て取れた。決勝トーナメント1回戦では、戦力に勝るチェルシーが順当勝ちを収めたが、その古巣で指揮を執るジョゼ?モウリーニョが、対戦を前に「ワールドクラスのまま」とガラタサライのストライカーを評したのは、元自軍エースへの敬愛の念からだけではなかったはずだ。
監督も、チームも頼りにする母国の「英雄」。
代表のサブリ?ラムシ監督も「頼りにしない手はない」と公言している。守備を意識する指揮官にすれば、最前線でためを作れるキープ力の持ち主は戦術面でも重要だ。実際、ブラジル行きをかけたセネガルとの最終予選2試合でも先発起用されている。
1stレグ(3-1)では、PKで相手GKを逆に振って先制点。2ndレグ(1-1)ではPKを与えた不用意なファウルがメディアで取り沙汰されたが、敵のヘディングシュートをオーバーヘッドキックで蹴り出したドログバのクリアが、チームに息つく暇と勇気を与えた事実も忘れてはならない。
今年3月に行なわれたベルギーとのテストマッチでも、後半にピッチに立ち反撃の狼煙を上げている。チームは、ゴール前の混戦を力で制して1点を返したドログバに追従するかのように、2点のビハインドから立ち直り引分けを手にした(2-2)。
それもそのはず。チームメイトを含むコートジボワール国民にとってのドログバは、代表のエース兼キャプテンを超越した“英雄”なのだ。
内戦終結を訴えたドログバは、神も同然。
-06年大会予選突破を決めた当時、内戦の最中にあった母国を史上初のW杯出場に導いた代表のリーダーは、チームの先頭に立ってテレビカメラの前で跪き、「団結」と「武装解除」を訴えて内戦終結への触媒となった。当人は、後に英国BBCテレビのトークショーで「サッカーは宗教のようなもの。その影響力を母国の未来のために活用したまで」と言っている。だとすれば、コートジボワールにおけるドログバは「神」も同然だ。
代表の未来を考えれば、チームは世代交代の時期にある。前線にはプレミア1年目ながらリーグで16得点を上げたスウォンジーのウィルフリード?ボニー、身長2mのラシナ?トラオレといった、20代のFW陣が控えている。
だが後進の彼らも、ドログバの音頭に従う心構えに違いない。代表の次世代は、いずれもドログバに憧れて育った世代なのだから。その1人が、右SBのセルジュ?オリエール。フランスとの二重国籍を持つ21歳は、ドログバの説得を受けて昨春にコートジボワールでの代表キャリアを選択した。
「アフリカ最強」の名に恥じぬ戦いを。
ドログバ本人の並々ならぬ決意は容易に想像できる。代表での国際舞台では「アフリカ最強」の期待に応え切れていないのだ。-06年と-10年の2度のアフリカ選手権決勝は、いずれも自身のPK失敗を含む敗戦。W杯では2大会ともグループステージ敗退に終っている。
但し、過去2回の「最大の晴れ舞台」では、いわゆる「死の組」に入る不運に見舞われた。ドイツ大会ではアルゼンチンとオランダ、南ア大会ではブラジルとポルトガルがグループ内にいたのだ。
その点、大国不在の今大会グループCでは1位通過の望みさえある。前回大会でさえ「ベスト4を狙う」と豪語していたドログバの頭には、母国躍進のイメージが浮かんでいても不思議ではない。その強気な発言の裏には、やはり頼もしい姿勢があった。「他国のアフリカ勢を見る目を変えてみせる」という意欲だ。サッカー界を越えたコートジボワールの象徴である「アフリカ代表」FWが、現役最後のW杯に挑む。
文=山中忍
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