欧州で爆売れする電気自動車の落とし穴
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世界の主要国は、2050年温室効果ガス純排出量ゼロに向けて一斉に走り出したようだ。ウァズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員長、ボリス・ジョンソン英首相などに続き、菅義偉首相が2050年温室効果ガス純排出量ゼロを宣言し、バイデン次期米大統領も大統領選時の政策綱領の中で同じ目標を打ち出した。中国習近平国家主席も2060年排出ゼロ達成を国連のビデオ演説で述べるなど、各国首脳が温室効果ガスゼロを宣言している。
30年、あるいは40年先のことなので、中にはあまり責任感を感じずに宣言した「世界一の無責任人間」もいるかもしれないが、排出ゼロ実現のためには二酸化炭素(CO2)を排出しない電気から製造する水素の利用、CO2の捕捉・貯留などの既存技術の普及に加え、カーボンリサイクル、人工光合成などの新技術も必要になるだろう。一方、既に商業化されている技術がさらに広がることも必要だ。その代表格は電池稼働の電気自動車(BEV)とプラグインハイブリット(PHEV。以下BEVと合わせてEV)だろう。 EVには内燃機関自動車(ICE)との比較で高価格、短い航続距離、長い充電時間、少ない充電スタンドなど消費者が購入を躊躇するデメリットがあるが、欠点を解消するためには普及が必要だ。普及のため多くの主要国が様々なEV支援策を用意している。特に欧州主要国はコロナ禍からの回復予算の一部をEV支援に当てたため、EVが爆発的に売れている。ドイツの7月から9月のEV販売台数は昨年比4倍以上だ。しかし、EV導入には思わぬ落とし穴もある。
温暖化対策に重要なのは運輸部門
世界の温室効果ガスの大半を占めるのは、エネルギー、燃焼を起源とするCO2排出だ。その量は335億トン(2018年)だった。発電部門が最大の排出源、約40%のシェアを占めるが、次いで輸送部門からの排出量が多い。輸送部門排出量83億トン、シェアは25%に達している。航空機、船舶、鉄道などからの排出を除き自動車部門だけ取り出すと。排出量は61億トン、シェアは18%、製造業部門からの排出量62億トンにほぼ並んでいる(図ー1)
日本の温室効果ガス排出量(2018年度)は、12億4000万トン、内CO2は11億3800万トン、エネルギー起源CO2排出量は10億5900万トンだった。部門別の内訳では、発電部門4億1800万トン、運輸部門2億300万トン、内自動車1億8100万トン。エネルギー起源CO2排出量に占める自動車のシェアは約17%だ(図ー2)。 EV使用に際しては電源構成次第で充電時にCO2が排出されることになるので、発電時のCO2排出量削減が重要になる。製造業での削減に際しても水素と並び電気が重要になるが、発電時のCO2排出量が減少しなければ電気利用の意味は薄れる。このため、バイデン次期米大統領は、2050年温室効果ガスゼロに先駆け、電力部門を2035年に脱炭素すると打ち出している。米民主党の政策綱領が再エネと並び原子力推進を打ち出しているのは、原子力抜きでは電力の脱炭素化は難しいと考えてのことだろう。EV導入と並行して電力部門の脱炭素化も進むと思われるが、現時点でのEV導入効果は国により大きく異なる。
温暖化対策としてのEV導入効果
電源構成が国ごとに異なるので、発電量当たりのCO2排出量も異なることになり、EV導入に伴うCO2排出量の削減効果も違ってくる。主要国の1kWh当たりのCO2排出量、排出係数は表ー1の通りだ。 石炭火力比率が相対的に高い中国、インドの数値が高い。日本の排出係数も比較的高い理由は、原子力の比率が東日本大震災前の約30%から5%に低下しているためだ。フランスの低排出係数を作り出しているのは、電力の75%を供給している原子力だ。EV走行に伴うCO2排出量はインドとフランスでは大きく異なる。
代表的BEV、日産リーフの電費は、エアコン使用が多い夏冬には若干悪化するようだが、1kWh当たり6、7kmだ。一方、燃費の良いハイブリッド車(HV)では、1リットル(L)当たり20kmから25km走行する。仮にEVの電費を1kWh当たり6.5km、ICEとHVの燃費をそれぞれ1L当たり15km、25kmとすると、1km当たりのCO2排出量は図-3が示すようになる。 燃費の良いハイブリッド車との比較では、国によってはEV化の効果は得られない。ちなみに、日本での燃料費は、家庭用電気料金を基に考えるとEVのほうがHVより安くなるが、外での充電費用が高いことから、外での充電が多くなれば、EVの電気代のほうが高くなる。 今後の電源の非炭素化の進展、あるいは蓄電池性能の改善によりEVのCO2排出量の大幅削減が可能になり、温暖化対策が進展することになるだろう。欧州主要国は、今後世界の主流になるEV市場で主導権を取ることを狙いコロナ禍からの回復予算をEV導入支援にも割き、導入支援強化に動いた
EV販売台数が爆発的に増えている欧州
日本をはじめ多くの国はEV購入時に補助金を出している。さらに、国により自動車関連税の減額、高速道路料金減額など多くの支援策が実行されている。EV価格はICEよりも高いため金銭面での補助を行い購入を促す制度だ。1300億ユーロ(約16兆円)のコロナ対策予算を計上したドイツは、EV購入補助金を増額し、地域によっては1万ユーロ(125万円)以上の補助金獲得も可能になった。さらに、将来全てのガソリンスタンドに充電設備を設置する方向も明らかにした。フランスでは、購入者の所得、車種によっては、ほぼ半額でEVを購入可能になった。 英国ボリス・ジョンソン首相は、11月中旬温室効果ガス排出ゼロを達成する120億ポンド(約1.7兆円)を支出する10の施策を発表したが、その中には30年までにICE、35年までにHVの販売を禁止すること、さらに充電スタンド整備、蓄電池開発、EV購入支援額の増額も含まれている。 欧州主要国が競ってEV導入に注力する理由は、温暖化対策に加え主要産業である自動車産業の国際競争力強化にあるが、その背景には欧州委員会が導入している自動車メーカに対するCO2排出規制があることも見逃せない。2021年から自動車メーカの販売する車種平均で1km当たりの排出量を95グラム以下にすることが要求され、未達成のメーカには罰金が課せられる。この対策として多くのメーカが導入を図っているのが電動化だ。BEVでは発電に伴うCO2排出量はゼロとしてEUでは計算される。PHEVでは電気で走る距離に応じた計算式により内燃機関からの排出量は少なく計算される。 欧州主要国の購入支援策とメーカのBEV、PHEVの新モデル投入により、販売台数は急増している。欧州自動車工業会によると、今年9月までの乗用車の販売は30%近く落ち込んだが、EV、PHEV、HVは販売台数を大きく伸ばしている。爆売れと言ってよい状態だ(表ー2)。 ただし、欧州以外の市場は低迷している。中国では昨年6月にEVへの購入補助金を減額した影響が尾を引き、今年前半のEVの販売は昨年比大きく減少している。米国ではコロナ禍の影響を受けテスラが販売店を3月から5月にかけ閉鎖した影響もあり、今年前半の販売は前年同期比マイナス25%となっている。
EV化の落とし穴
欧州を中心に各国ともEV導入に熱心だが、落とし穴がありそうだ。まず、全ての車が電動化に適しているわけではないので、電動化以外の技術開発も必要になる。日本の自動車からのCO2排出量では、大型トラックからの排出が約4分の1を占めている。テスラが17年に大型BEVトラックを発表したが、当初予定の19年導入は遅れ21年にずれ込んだ。大型BEVトラックの航続距離を確保するには大きな蓄電池が必要となり、荷物を運んでいるのか電池を運んでいるのか分からなくなる欠点がある。テスラのトラックでは8トンの電池が必要になると言われている。大型車には燃料電池が適していると考えるメーカも多い。トヨタも燃料電池トラックの開発に乗り出している。
最近報道されたバッテリーの発火も問題だ。
韓国、米国、欧州でEV車の電池が発火し火災になった事件が相次いだ。
韓国ヒュンダイ製BEVコナは、韓国、北米などで16件の火災を引き起こし74000台がリコールされた。
韓国では中古車価格の値下がり補填と電池の取り換えを要求する集団訴訟も起こされた。
電池を製造したLG化学は原因を調査中としている。
同じLG化学製電池を積んでいる米GM製BEVボルトも5件の火災が報告され、6万9000台がリコールされた。
米運輸省高速道路交通安全局が駐車中の火災3件について調査を開始していると報道された。
サムスンSDI製電池を積んでいる米フォードのPHEVクーガも7件の火災を受け2万500台をリコールし、販売を中断した。
同じサムソンSDI製電池を使用しているBMWも2万6000台をリコールした。
安全性が高く充電時間が短いとされる全固体電池の実用化が待たれる。
バイデン次期米大統領は、EV製造により自動車業界で組合員の雇用を創出すると綱領で明らかにしたが、全米自動車労組は冷ややかだった。EV化により自動車の製造ラインでの組み立て工程は30%から40%減るとみられており、EV化は雇用削減につながる可能性が高いからだ。EUの自動車製造の雇用者数は370万人、全製造業雇用の11.5%だ。ガソリンスタンドがEVスタンドに代わることによる雇用減もあるだろう。EV化の最も大きな落とし穴は雇用が失われることかもしれない。
山本隆三 (常葉大学経営学部教授)





