なぜWHOは中国に牛耳られたのか…? コロナ危機のもう1つの真実
4/17(金) 7:31配信
米大統領トランプ、WHO「資金拠出停止」の舞台裏
4月8日、アメリカのトランプ大統領がツイッターでつぶやいたメッセージが大きな話題を呼んだ。
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「WHO(世界保健機関)は本当にしくじった。どういうわけか、アメリカが多くの資金を拠出しているのに、とても中国中心的だ」と。
4月10日には記者会見の中で、アメリカはWHOに毎年3億ドルから5億ドル拠出しているのに、中国は4000万ドル以下しか資金を出していないことを挙げ、中国寄りでアメリカ国民に対して不公平と批判。WHOへの拠出を見直す考えを披露した。
そして実際に4月14日、WHOの対応を新型コロナウイルスへの対応を検証する間、資金拠出を停止した。世界の大国アメリカと国際機関の対立が日に日に激化してきている。
アメリカによるWHO批判については、日本のネットでも共感する意見は多い。
テドロス・アダノム氏が当選したWHO事務局長選挙では中国政府が投票キャンペーンを展開したことや、テドロス氏の出身国エチオピアの政府が親中姿勢を採っていることを指摘する声も上がっている。
「日本もアメリカとともにWHOへの資金拠出を止めるべきだ」とする意見も出てきた。別途繰り広げられている台湾とWHOの相互批判も合わせ、いま、ネット界隈では、「中国・WHO vs 米台日」という構図で、中国が孤立している姿が描写されてきている。
しかし、さらに状況を俯瞰してみると、事態はそこまで単純ではなく、もっと世界はダイナミックで複雑に動いていることが見えてくる。
習近平の「コロナマスク外交」…その知られざる実態
中国外交部(外務省に相当)のウェブサイトには今、「新型コロナウイルスとの戦い」というコーナーがあり、習近平・国家主席や王毅・国務委員兼外交部長が、この分野で最近電話会談した相手がずらっと表示されている。
3月26日以降だけでも、フランス、アメリカ、サウジアラビア、クロアチア、オーストリア、ロシア、ポルトガル、ルクセンブルク、アイルランド、アルジェリア、ASEAN、カタール、ウクライナ、ベルギー、インドネシア、ベトナム、コロンビア、カナダ、ナミビア、ラオス、ドイツ、オランダ、スイス、アルゼンチン、メキシコ、ベネズエラなど、4月10日までにものすごい勢いで会談している。内容は、ほとんどが、各国政府から中国への支援要請だ。
メディアで報じられているように、感染が拡大している世界各国は今、マスク、人工呼吸器、医療用防具等の著しい品不足状態に苦しんでいる。だが、世界で唯一、これらが豊富に存在している国がある。それが中国だ。
中国では、発生源と言われる武漢が4月8日に封鎖が解除されたが、上海や北京のような他の大都市では、すでに3月後半から外出自粛も解かれ、経済活動が通常に戻った。
日本もマスク生産を中国に依存していることが今回明らかとなったが、中国の工場はすでにフル生産体制に加え、設備をさらに増強し、世界中に人工呼吸器、マスク、医療用防具を大量供給できる状態にある。
実際に、各国政府は中国に物資支援を要請している。カンボジアにはコロナ検査キットを寄付し、イタリアとフランスには人工呼吸器とマスクに加え、医師も派遣。同様に、イランやイラクにも医師を派遣している。
私の大学院の同級生であるメキシコ外務副大臣も、先週、人工呼吸器、マスク、医療用防具を受け取りに、政府専用機で中国に飛んでいた。彼女は、メキシコ国民向けの動画で「中国ありがとう」と感謝を伝えていた
ドイツはアメリカを「海賊」呼ばわり
一方のアメリカはと言うと、非常に評判が良くない。トランプ大統領は4月3日、国内で深刻化する医療機器及び医療資材の確保を急ぐため、メーカーに対しこれらの海外輸出を禁止したのだ。
当然、輸出が封じられた化学メーカー3Mなどの企業は困ったが、それ以上に困ったのは、輸出先の国だ。特に中南米は、アメリカからの輸入により医療資材を調達していたのだが、モノが入ってこなくなり、中国を頼るよりいま他に選択肢がない。
さらに4月4日には、ドイツのベルリン警察が、アメリカ政府を「海賊」と非難する事件も発生。同警察の発表によると、ドイツがバンコク経由で中国から輸入するはずだったマスク20万枚が、バンコクの空港で何者かに強奪され、裏にはアメリカ政府がいると断じたのだ。
真実のほどはわからないが、ドイツがいまアメリカをどのように見ているかは伝わってくる。そう、今、世界では、中国ではなく、アメリカが国際的な孤立状態に陥っている。
WHOが現在置かれている状況についても、こういう角度から見ると違って景色が見えてくる。私は日頃から大企業や機関投資家向けのアドバイザリーの仕事をしている関係で、国際機関やNGOの情報をウォッチしていることも多い。
なぜ、企業や投資家の話と、国際機関やNGOが関係あるのかというと、詳しくは、私の『ESG思考 激変資本主義1990-2020、経営者も投資家もここまで変わった』(講談社+α新書)に書いているのだが、最近両者の接点が濃くなっていたりする。
WHOとマネー
WHOの年間の収入は、2018年度で29億ドルある。内訳は、国連加盟国がGDP等の経済力で分担が割当てられた義務的拠出が総額5億ドル。国やその他の団体からの自発的寄付が23億ドル。現物提供と事業収入が1億ドルという状況だった。
割当分担金と自発的寄付を合わせた支払額が最も多い国は、アメリカで3.4億ドル(このうち自発的寄付が2.8億ドル)。そのあと、ドイツが1.8億ドル(同1.5億ドル)、日本が1.3億ドル(同0.9億ドル)、EUが7300万ドル(全額が自発的寄付)、中国は4400万ドル(同600万ドル)、フランス3500万ドル(同900万ドル)と続く。
NGOや企業も積極的に寄付している。例えば、米ビル・メリンダ・ゲイツ財団(ビル・ゲイツの財団)が2.3億ドル。またこの財団は、GAVIアライアンスという活動も運営しており、ここからの寄付も合わせると総額3.9億ドル。アメリカ政府の拠出額を超え、WHOの収入を最も支えている存在だ。
他には、サウジアラビア国王の「キングサルマン人道支援および救援センター」が2400万ドル、ブルームバーグ・ファミリー財団が1100万ドル寄付していたりする
世界のパワーバランスはどう決まる…?
国際政治学の分野では、このような国際機関の機能を「国際公共財」と呼んだりする。なぜなら、国際機関の予算は発展途上国への支援に使われることが多く、国内政府で言うところの「社会インフラ」の役割を果たしているからだ。そして、国際政治学では、この国際公共財の担い手に注目しながら、世界のパワーバランスを分析していくことも多い。
かつて国際公共財は、大英帝国と呼ばれたイギリスが担っており、その時代は「パックス・ブリタニカ(イギリスによる平和)」と呼ばれた。第二次世界大戦後は、その覇権国の地位がアメリカに移り「パックス・アメリカーナ(アメリカによる平和)」と呼ばれた。
実際にアメリカは、第二次世界大戦後に国際機関に多額の資金を拠出して活動を支え、経済面でも平和を維持するためのマクロ金融や自由貿易体制を推進するとともに、米軍を世界各地に駐留させてきた。このような覇権国によって世界秩序がもたらされるという考え方を、国際政治学では「覇権安定論」と言う。
だが、1990年代の終わり頃から、アメリカ1カ国では世界秩序を支えるために十分な資金が、経済的にも国会議員や世論の目からも出せなくなり、国際機関を中心に複数の国々で世界秩序を保っていく「国際レジーム論」という考え方が生まれた。
なぜ、「WHOは中国が牛耳っている」のか?
WHOの例で見たように、国際機関は先進国が中心となって活動資金を支えている、この考え方からすると、WHOは今も、アメリカを中心とした先進国が主導していることになるのだが、どうして「WHOは中国が牛耳っている」と言われる状態になったのか。
鍵を握るのは発展途上国の存在だ。前述したようにWHO事務局長は、国連加盟国の投票で選ばれる。そして投票権は、拠出額ではなく、1国が平等に1票を投じて行われる。
エチオピア出身のテドロス事務局長が当選した選挙でも、イギリスとパキスタンからも候補者が出ていた。こういう状況では、国数の多い発展途上国票を固めたほうが、最終的に当選する。
なぜ中国は、これほどまで発展途上国から支持を集めているのか。それは、アメリカに替わって中国が国際公共財を提供してくれるケースが増えたからだ。今回の新型コロナウイルスでも、マスクや人工呼吸器は、アメリカが禁輸したため、ほとんどが中国からやってくる。
アメリカ政府ですら4月3日に、中国企業4社が中国基準で生産した「KN95マスク」を医療現場で使用することを許可したぐらいだ。日本でも、ソフトバンクの孫正義氏が、月産3億枚のマスクを確保したことが話題となったが、供給元は中国のBYDで、アメリカが許可した中国企業4社のうちの1社だ。つまり日本でも中国マスクが入ってくることで歓喜している。
中国が途上国から支持されるもう一つの理由は、密接な経済関係にある。中国は今、途上国への輸出総額で世界1位、輸入総額で世界2位の地位にある。特に重要なのが輸入総額(下図の右)で、中国がアメリカに迫ろうとしている。
いま開発学と呼ばれる分野では、「グローバル・バリューチェーン(GVC)」という概念が注目を集めている。途上国が発展するためには、海外企業に材料や部品を供給することで、技術を磨き、経済的にも力をつけることができるという理論だ
日本のコロナ対策は海外から不評…?
中国企業のサプライチェーンに入ることができれば、途上国企業も成長し、社会全体もテイクオフ(離陸)できるのではないかと期待が集まっている。
それに対し、アメリカはトランプ政権以降、「アメリカ・ファースト」の掛け声で、保護貿易主義的になり、対外支援も惜しむようになってきた。すなわち国際公共財を提供する役割を放棄しつつある。
中国が国際公共財の担い手になり、発展途上国から支持を集める中、日本はどうすべきか。
日本政府は過去数年間、中国による対外支援は、支援先の国を借金漬けにして、最終的にはインフラ権益を奪ってしまう悪徳商法だと主張し、G20の会議でも、中国の対外支援を国際的に監視するよう呼びかけてきた。
だが一方で、新型コロナウイルスの経済対策の中で、工場を海外から日本に移転し、国内生産を増やす策を打ち出した。そのことで、途上国からはすでに「日本企業が去っていく」と悪い印象につながってしまっている。
加えて、「日本国内が大変なときに、海外援助に国家予算を割いている場合ではない」という意見も出るようになった。こうした姿は途上国からは、日本も国際公共財を提供してくれなくなったと映る。
アメリカが覇権国の地位から遠ざかり、中国がそれに変わろうとしている今、本当に日本は対外支援を減らしていて大丈夫なのだろうか。
とりわけ、中国の勢いを止めるためにWHOへの資金拠出をやめるべきだと思っている人は、むしろ資金拠出を止めてしまえば、中国はさらに途上国からの支持を集め、中国の勢いを加速させることを理解しておいたほうがよいだろう。
夫馬 賢治
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200417-00071876-gendaibiz-int&p=4