初めて一夜を共にした男女が過ごす、気恥ずかしい翌朝の風景。女子に後悔も気恥ずかしさも感じさせない桜井雅人のジェントルマンな姿勢が、百鳥ユウカさん(34)のハートを捕らえて離さない。しかし、桜井には、ユウカさんの知らない一面がありました……。
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「寒い……」私ははみ出した左手の冷気に耐えきれず目を覚ました。
どこか身体も緊張している。狭いシングルベットで寝返りを打った瞬間、昨夜の記憶が一気にフラッシュバックされた。
7時間前。
私は桜井雅人にトイレの出待ちをされ、猛烈で濃厚なキスをされた。そしてそのまま合コン会場を抜け出し自宅へ着くなり、ベッドに押し倒された。それからのことは思い出すだけで顔が熱くなる。桜井雅人はその鍛えられた肉体とは裏腹にとても優しく繊細なタッチで私を隅々まで愛撫した。そして「綺麗だ」「セクシーだ」と耳元でささやき続けた。はじめは恥じらいがあったものの、彼の巧みな指と言葉に支配された私は、やがて羞恥心というものを捨て去った。何もかも解き放たれた私は、自由に大胆に身体を動かし喘いだ。こんな経験は初めてだった。
ふと隣をみると、子犬のような寝顔でスヤスヤと桜井雅人は寝息を立てている。彼の寝顔は少年のようだが、昨夜の彼は大人の男だった。野獣といってもいい。このギャップが私をさらに虜にさせた。男によっては、朝の寝顔で百年の恋も冷めたりもするが、桜井はハゲてるにも関わらずそんな残酷なことはなかった。ハゲなのに、可愛いとすら思えた。
彼の寝顔をずっと見ていたい衝動にかられたが、悠長にしている時間はない。私はそぉっとシングルベッドから滑りおり、お気に入りのピーチ・ジョンの下着とルームウェアを身にまとった。
たしかイングリッシュマフィンがあったから……よし、エッグベネディクトにしよう。それとサラダとコーヒーでとりあえずいいよね!
私は常に軽食が作れるくらいの食材を常備していた。ちなみに、手作りハンバーグやピーマンの肉詰めなども冷凍してある。いつ男がやってきて「腹へった~」といっても、10分足らずで食卓にご馳走(は言いすぎだが)を並べられるのが私の自慢だ。私は学んでいた。男はお腹が空くと不機嫌になる! 不機嫌になる男は嫌いだが、生理現象だから仕方ない面もある。だからなるべく、私は自分の胃袋だけでなく他人の胃袋も心配して、事前準備を怠らないようにしていた。
彼が目を覚ます前に朝食完成させなくちゃ! 結婚にも向いている女だと認識してもらわないとね! すると、
「あれ? ユウカちゃん?」
迷子になった子どもがはぐれたママを不安そうに呼ぶような、そんなあどけない声で彼が言った。私は慌ててリビングとキッチンのある廊下を隔てた扉を開ける。
「あっ、いた」
彼はそう言うと、とても嬉しそうに顔を左右に転がした。リアルキューピーみたいな顔にキュン死に寸前。
「ユウカちゃん、何してたの?」
「あっ、朝ごはん作ってたの。お腹すいたでしょ? 昨日はあまり食べてなかったみたいだし」
「ありがと。でも朝ごはんよりユウカちゃんが欲しい」
そう言って彼は私を手招きする。こいつは女子の言ってもらいたい台詞をリスト化しているのか? あーもうっ。私はあと1分で仕上がるポーチドエッグを見捨ててベッドへ向かう。いつでも完璧にお料理を仕上げたい私からしてみたら、中断はもってのほかだけれど、今回ばかりは仕方がない。というか、喜んでいかせていただきます。
私ははにかみながらも彼の腕へ飛び込んだ。
「あっ、いつの間にかスッピン」悪戯な目で彼は私を覗き込むと「こっちのが俺好み」と私の耳元でささやいた。はぁ、また一本とられた。女が欲しいフレーズを言って欲しいタイミングでさらりと口にする。スッピンに対するコメントは恥ずかしいから聞きたくない気がするけれど、まったくスルーされるのはこれまた彼の真意が気になり、そわそわするのが女子なのだ。昨夜は流れのまま化粧も落とさずベッドインしてしまったけれど、朝食に取り掛かる前にしっかりメイクを落としてお肌を整えておいてよかった。スッピンにほど近いメイクもバッチリだ。
それから3日後。
彼からの連絡は一度もない。いや、正確にはあった。私が「今日はとても楽しかった。ありがとう」と入れたら「こちらこそありがとう」というような返信があった。しかしそれ以降一度もない。私たちって付き合うんじゃないの? 恋人同士になるんじゃないの? あんなにいい感じで、エッチまでして、それでも付き合わないとかって、ありえるの!?
わけがわからなかった。もしかして……この私が遊ばれた!?
それから彼に奥さんがいたことを知ったのは、ほどなくのことだった。
菅沙絵