澤地久江の特集と、二重被爆者、山口彊氏のドキュメンタリーと、長崎で被爆した高等女学校の生徒たちのその後を追うドキュメンタリー。

山口彊氏の話は、NHKスペシャルか何かで見た覚えがある。
しかし、一時間半の長丁場の番組は、45分の番組では書ききれない部分をちゃんと表現する。
語り部の活動をしながら、それでもなお今も涙ぐむ山口氏は、あまりにも純粋な方で、
そんな方にそんな十字架を背負わせたというのは、どういうことかと思った。
その感受性が、我々の心をきっと打つのだろうけれども。

長崎のドキュメンタリーは、林京子さんのライフヒストリーがひとつの柱にもなっていた。
林京子さんの作品は読んでいない。
今度手に取ろうと思った。

それにしても。
こういうドキュメンタリーを作らせると、NHKは底力があるなあ、と感じる。
企画力も、制作力も。
そして1時間半の番組にして、放送できるという放送局全体の力はやはり断トツだ。

いろいろ毀誉褒貶あるわけだが、これからも骨太のドキュメンタリーを作ってほしいと思う。
AD
例によって例のごとく8月だ。
相変わらずドキュメンタリーを見ている。

一昨日の「玉砕」
昨日の「色つきの悪夢」

両方、NHKのドキュメンタリー。
良質なものと思ったが、かなり衝撃的な映像も多々あったと感じた。

そして今日、戦争ポルノ、という言葉を知る。
これは、戦争で被害を受けた人々の残虐な映像や画像、特にイラク戦争からこっちのものを言うのだと言うが、
そこにある種のフェティシズムと、戦争を扇情的に消費している事実を持って

「戦争」「ポルノ」

と称するのであろう。


それはなんとも見事な命名だと思う。
時折わたしも、実はわたしもそんなフェティシズムに支配されていることがある。
それは否定しない。
「無限廻廊」を閲覧したことだってある。

戦争というものに目を背けないでいようとする努力が、
どこかでポルノグラフィーを消費するまなざしになっていないか、
自己検証する必要があるのかもしれない、と。

AD

友人からの情報です。

少しでも目にとめてくださる方が多い方がいいので、ここでも告知します。


以下転載。

/////////////////////////

「六ヶ所村ラプソディー」完成三年目にして再び劇場公開!!

http://ameblo.jp/rokkasho/
4月4日(土)~17日(金)六本木シネマートで上映中!
http://www.cinemart.co.jp/theater/roppongi/index.html

4日(土)~10日(金)10:50~
11日(土)~17日(金)10:45~
 (※予定ですので、HPでご確認ください) 
11日(土)は、上映後鎌仲ひとみ監督の舞台挨拶があります♪  

転載以上。

////////////////////////////

以下、わたしの付け加え。



六ヶ所村ラプソディーについてはこちら
http://www.rokkasho-rhapsody.com/
六ヶ所村ブログ
http://ameblo.jp/rokkasho/
コミュもありました。
http://mixi.jp/view_community.pl?id=1173097
ウィキはこちら。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AD%E3%83%B6%E6%89%80%E6%9D%91%E3%83%A9%E3%83%97%E3%82%BD%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC

////////////////////////////

核に対する考え方は、ひとそれぞれだと思います。
核廃絶を願う人でも、平和利用なら推進すべきという人、
戦争抑止力としての核兵器の存在は許されると考える人、
すべての核エネルギーの利用は、制限すべきと考える人。

わたしは、広島で、放射能によって殺されたり、人生を損なわれたりした方の
お話をたくさん見聞きしたので、平和利用に関しても、
技術の万全でない今、まだ時期尚早と考えるものです。

実は、わたしはタイミングが合わず、この映画を見ていないのですが、
もし、ご興味の向きがおいででしたら、どうぞ足をお運びください。
放射能におびえる生活はしたくない、と願う人々の思いが実現させた
劇場公開です。

AD

2008 08/06

朝、8時15分。

我が家恒例の、黙祷。


とはいえ、参加してくれるのは、上の息子だけなんだけど。


上の息子は、毎年毎年あたしが黙祷しているのを見て、

一緒に黙祷してくれて、

小学校の自主研究のテーマに『核兵器』を選んでくれて、

非常に怖がりさんなのに、被爆した方の写真などを提示して、

発表も立派にやってくれた。


つなげていけるかなぁ。

平和を愛する、

理不尽な殺し方/殺され方に異を唱えるあたしの考え方。


被爆した方の『こころの傷』についても調査研究する、と広島の秋葉市長が

平和宣言の中で言っていた。

井上ひさし『父と暮らせば』、

こうの史代『夕凪の街 桜の国』

でも、『生き残ってしまった者』の『罪悪感』がテーマのひとつだったように思う。


なんでもない

普通に暮らしているひとが、

無残に焼かれ、

生き残ったものが、

その事実を、


生きていてよかった


そう思うはずの事実を、

悔やむ。


そんな、ことがらをわたしは悲しむ。

そんなことが、二度と誰の身にも起こらないことを

わたしは願ってやまない。

見れん。

このけなげな一家が、これからどんなことになるのか、

うちゃーもう知っとるけぇ、これ以上このドラマを見れん。


戦争は嫌じゃ。

そう思うとき、あたまの中で想像するんは、

いつもこの被爆直後のありさまなんじゃ。

うちは、話にしか知らんけど、

いくつかの映像作品のせいか、その想像はオールカラーなんじゃ。


///////////



中一の息子の国語の教科書に『碑』が取り上げてあった。

これは、あの夏、広島の中学生たちが、どんな運命をたどったかを

つづった記録作品だ。

彼らは建物疎開などで作業に借り出されていて、

その頭上に原子爆弾は炸裂した。


子どもたちは傷つき、或いは重い火傷を負い、

或いは即死であった。

親たちは、わが子をさがして屍の街をさまよった。

子どももまた、おのれの命尽きんとすることを知りながら、

だからこそ、ひとめ家族に、おかあさんに会いたくて、

その傷ついた体を、同じく血まみれの、同じく火傷を負った級友と励ましあいながら

一歩、また一歩と、炎に追われながら、家の方向へと幽鬼のように向かった。

途中で力尽きた子どももいた。

向かった先の我が家で、変わり果てた家族と対面することになった子どももいた。

お互いに、どこかとどこかで、それぞれ力尽きてしまった家族もあったろう。

救護所に運び込まれた子どもは、火傷でその容貌は変わり果てており、

探しにきた家族にも、声でしかわからなかった子どももいたという。


親の手記の中に散見される言葉である。


「せめて見取ってやることができてよかった」

「せめてなきがらに会えてよかった」


よかったことがあろうか。

そうわたしは思うのである。


子どもが、むごく死んで、

そんな中で「よかった」ことなど。


しかし、そう思わないで、どう思いようがあるのだ。


そして、わたしはその立場に立ちたくはない。

決して。

決して。

決して。


その中学生たちの慰霊の碑が、広島の平和公園の中にはある。

タイトルの碑とは、そのことを指している。


///////////////


この、なんとなくきな臭さを感じずにいられぬご時勢に、

『はだしのゲン』というドラマをやってくれるマスコミに、

うちは感謝しとる。


うちら日本人は、感性に流されやすい困ったところがあると思うんじゃけど、

こうやって、感性の部分で、戦争は怖い、ああ嫌だ、と

胸にきざんでほしいんよ。



ここで、何も言わないでこの日を終わらせてはならないと強く思うのだ。


国民投票法、可決。


これが何を意味しているのか、知らないままでいられたらどんなに幸せか。

知らないままで、一生を終えられたら。

自分も、子ども達も、そのまた子ども達も。


わたしが言いたいことがまさにまとまっているブログがありました。

どうぞご一読を。


無くして分かるありがたさ、では遅すぎる!(反戦な家づくり より)



このままでは、自分の愛するものが、戦にいかなければならなくなる。

そんなことのために、大事に育てたのではないぞ。

劣化ウラン弾

感じたことを忘れてはいけないので、覚え書きだけ。


わたしの中に一番残ったのは、劣化ウラン弾のもたらす被害よりなにより、


「劣化ウラン弾は安価だから使われる」


という事実。




ちょっと唐突だけど私が思ったこと・・・・


例えば、温暖化対策には巨額を投じて、経済的に「お得」にしないと反温暖化の行動は起こらない。

裏で巨額な経済が動くから、頼みもしないのに戦争は起こり、結果的にそれってものすごく温暖化に寄与してない?

ってほどのエネルギーが消費されている。もちろん、人も死に、安心で安全な生活は破壊されていく。


つまりは、資本主義が、持たざるものを選別して殺す。

わたしたちの国は経済的に豊かだから、きっと地球がいまより温暖化して暮らしづらくなっても、

この国にいる限り、世界全体の水準より生きていきやすいのだろう。

しかし、この国の中でももう、持たざるものを踏みつける構造は顕著になっている。



内戦が起こるのは、貧しい国じゃないかいつも?

ああ、そうだ。

アメリカ軍で、劣化ウラン弾の誤射によって、健康被害を受けた元軍人のインタビューもあった。

アメリカ国民は、一様にアメリカという国に守られているわけではない、とつくづく思った。

有色人種やプア・ホワイトと言われる経済的に低い水準のアメリカ人が、

奨学金などを求めて軍に志願するわけで、

そういったひとたちは、戦場で使い捨てにされるのだ。

されなかったひとは、幸運。

持たざるものは、一様に踏みつけにされるのだ。


NHKスペシャル 劣化ウラン弾


8月6日深夜放送だったものを、ようやく見た。


NNNドキュメント’06「被爆カルテ」 (詳細データがこちら にありました)


太平洋戦争の戦時中、医師や看護婦は、都市防衛の意味から疎開を禁じられ、

都市部に多く暮らしていた。

よって、原爆投下時にはたくさんの医師、看護婦が被爆し、多くの病院が甚大な被害を受け、

被爆による大量の怪我人は、郊外の医師によって治療されることとなる。


そんな、広島の郊外の診療所の医師であった伴冬樹医師の残したカルテから、

医師として見た原爆の実態、医療に携わるものとして新型爆弾の被害に向き合った事実を読み取る。


怪我が重い者はもちろん、そうではない者まで発熱して、脱毛して、いわゆる『原爆症』の症状を表して

ばたばたと死んでいく現状と、それになにもできない、それどころか「何が起こっているかすらわからない」状況。


伴医師は故人であるため、実際のことばはわからないけれども、

残されたカルテから見える試行錯誤。その時できる精一杯の治療。足りない薬、尽くす手立てが垣間見える。


肥田舜太郎医師(医療生協埼玉・埼玉協同病院名誉理事長相談役)も当時広島で治療にあたった

数少ない医師のひとりである。

彼が治療にあたった救護所になった戸坂小学校で、当時の状況を語る。



被爆者の立場ではなく(伴医師は入市被爆者でもあるのだけれども)、

医療従事者の視点からのドキュメンタリーは初めて見た。

戦後、占領軍からの情報の囲い込みによる医師としての苦悩にも触れている。

ヒロシマ、ナガサキは、アメリカ軍の機密事項になっていたからだ。

医師のネットワークなんて当時ありえないわけだから、個々人がつらさを抱えていたことになる。


治せない『原爆症』への、医療従事者としての苦悩。



前に記事にした『夕凪の街・櫻の国』(今度映画になるそうですね)という漫画の中にも、

生き残った、と思われた被爆者の突然の発症のエピソードがあるけれども。

今、丁度、新藤兼人の『さくら隊散る』を読んでいるのだけれども、

そこにも、怪我はしたものの、なんとか生き延びたと思われた被爆したひとが

(その中には映画『無法松の一生』に出演した園井恵子といううつくしい女優さんも含まれる)

原爆症で苦悶した末に命を落とすという出来事が書かれている。


放射能が人体に及ぼす激烈なダメージ。


(日本の近代医学が、爆心地から1kmで被爆した人と同じ状態で放射能に被爆した人を診る事ができた出来事がある。

それは、1999年9月30日、東海村で起きた臨界事故の際であったと言う)



放射能を平和に利用することすらまだわたしは懐疑的なのであるけれども、

それは当然、兵器にされてはもっと困るわけなのである。

困る、というか、嫌だ。

生きながら、内側から焼かれて死ぬのは恐ろしい。

自分だけは誰かが守ってくれる、などと考えられるほどわたしは楽観的ではない。

毎年、この時期にはTVのドキュメンタリーをよく視聴する。

主に、原爆をテーマにしたものだ。

毎年必ず8月6日のNHKスペシャルは見ていたのだけれども

(NHK広島が製作するドキュメンタリーは、重いテーマを様々な切り口で見せてくれる。

NHKの不祥事が様々発覚した頃には、NHK不要論だのNHK受信料不払いのススメ或いは不払いの白状が

ネットでも多々見られたけれども、NHKがなければ、こんなドキュメンタリーどこが作ってくれるというのだ)

それだけでは・・・と思ったりしている。

まあ、NHKhi-visionが視聴可能になって、番組の選択肢が増えた、ってだけのことかもしれないけれども。


少なくとも、「それを視聴して何を知り、何を感じたか」くらいは記録しておこう、と思った。


昨日は


PM4:00~ NHK総合 NHKスペシャル再放送「被爆者 命の記録」

PM10:00~ NHK教育 ETV特集「被爆者 心の傷は癒えず~原爆のトラウマ 1300人の調査から」

の(わたしとしては)二本立てであった。


NHKスペシャルの方は、「重複ガン」や「胎内被曝」の問題を取り上げて、

生きることそのものが苦しみと隣り合わせであった被爆者の今と今までを描いている。

ガンは患ったことがないので、普通のガンと重複ガンの患者の立場での違いというものはピンとこないのだけれども、

ひとつガンを克服して、「ああ、病気に勝った」と思う事ができない、常に死の淵の一歩手前にいるような人生は

あたしなんか精神的に弱いから、とても耐え難いのではないか、と思った。

重複ガンとの闘いの末に亡くなった方のご家族が、

「あまりにも苦しんでいたので、(こう言ってはおかしいけれども)終わってほっとした」

と言っていらしたのは、あらためてはっとした。

妊娠2ヶ月の胎児であった時に、母親の胎内で被爆し、小頭症で生まれた女性。

重い知的障害と身体障害を持つため、高齢の父親の介助なしでは普通の生活もできない。

その父親の「もっといい人生もあったのではないか」という言葉は胸を打つ。


ETV特集は、原爆被爆によるトラウマを取り上げている。

これで思い出したのは、昨年初夏に見た「父と暮らせば」という映画である。

この映画の冒頭で、主人公の女性(被爆している)が、雷を非常に恐れる描写がでてくる。

トラウマという言葉こそ使われないが、こういうエピソードを挿入する井上ひさしはわかってるなぁ、と思った。

被爆者の被爆によるトラウマについて精神医学の分野で取り上げられたのは、2000年のことだそうである。

自分もトラウマといわれるものに苦しめられた時期を持つものであるから、

あんなむごい被爆体験がトラウマにならないわけがない、とずっと思っていた。

番組では、「被爆体験を家族に語ること」「被爆のその場所をもう一度訪れること」でトラウマを克服しようとする人々を

レポートしていたが、果たしてあれで大丈夫なのか、とも思った。

きっかけだけ提示して行動させて、それによる感情の揺り返しなどのフォローはできているのだろうか。

できていてほしい、と思った。そして、揺り戻しがあったとしたら、どうかひとりで抱え込まないで欲しい、とも思った。

(途中ちょっと夢の国をさまよったので、抜けているところがありますごめんなさい)



2006年8月6日

本日8月6日。


もし、お気が向かれましたら、AM8:15に黙祷をお願いいたしたく思います。


或る広島出身者のお願いでした。




追記:後からこれをご覧になって、もしも、「平和式典ってどんなことやんの?」

「黙祷ってどんな感じにやんの?」

などとお思いになられたりしたら、リンク先をご覧下さいませ。


広島平和祈念式典2006


秋葉忠利広島市長の平和宣言や、子ども代表による平和宣言、

小泉総理大臣のお話も見られます。



追記:秋葉忠利市長の平和宣言。「都市を攻撃の対象にしない」という宣言があることを初めて知った。

そーだそーだ。都市はひとの生きる基盤だ。攻撃したらたくさん人が死ぬ。やめてくれい。

しかし、人をたくさん殺すことが、すなわち当該国の戦意を削ぐことで、戦略的には当然であることも確か。

あらためていまレバノンを思う。


追記その2:子ども代表による平和宣言(←正式名称は違うかもしれない)。

昨年の11月の、小学生女児の事件に触れる。あれ以降広島の児童は「普通の生活」を奪われた、ということ、

ニュースの端々で聞いていた気はしたのだが、本物の当事者、そこに暮らす児童の言葉で語られるとあらためて

、言葉もない気がする。あの事件で奪われたいのちも、(あの戦争で奪われたいのちも←補足管理人)

あの原爆で奪われたいのちも同じいのちである、という指摘。

そこには、大人の身勝手で奪われたいのちへの深い思いやりと、みずみずしい抵抗があった、と思う。

それにしても「普通の生活」を奪われる、というのは、もうすでに平和ではないのだよ。

そこだけ取り上げると、日本は平和ではないのだよ。

ほかの誰かの平和ではない状況を横目で見ながら、私たちは平和に暮らせるのか?

(現実的なことを申し上げると、平気で暮らせるのであります!ああ!

だけど、そこでひとひらの思い廻りがあるかどうか、は重要なことじゃないのかい?)