【小説】あたしではないわたし | しま爺の平成夜話+野草生活日記

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うわあ、久しぶり。
変わってないなあ。





日暮里駅の、 JRと京成線の乗り換え通路だった。
あたしは、相当くたびれたグレーのスーツを着た、ちょっと頭の薄くなった男に声をかけられたの。


若い頃なら、こんな勘違い男には振り向きもせず、さっさと歩いて行ってしまったわ。



でも、その時のあたしには、余裕みたいものがあったの。
いえ、いたずら心かしらね。






あらっ。
お久しぶり。
何年ぶりかしら。






えっ。
忘れちゃったの。
うーん。泣けるなあ。
大学を出て10年後の銀座の同窓会以来、20年ぶりくらいじゃない。
最近は、毎年年2回はちっちゃい同窓会やってんのに、出てこないんだもんなあ。






男の声にやや粘ついたものが滲み出、目には湿り気あるものがかかり始めた。







あらっ。
そうだったわね。
やはり、わたしボケたのかしら。

あたしは、わたしなんて言ってみた。









何言ってんの。
チーちゃんには、ボケなんて関係ないよ。
今も、綺麗だし。いや、若い時になかった、大人の落ち着いた色気がいっぱいじゃん。

しかし、チーちゃんにあなたなんて言われると、どうもこそばゆいなあ。
ター君でいいのに。







(うわあ。
気色悪ーい。
その年で、なにがチーちゃん、ター君よ。
だいたい、年相応な言葉を遣いなさいって)





そうぉ。
だって、わたしもこんなおばあちゃんになってしまったし、ター君なんて恥ずかしくって。
わたしは、もうチー婆よ。







ううん。
そんなことないよ。チーちゃんは、昔のチーちゃんのまま。
ずっと、俺のマドンナだ。





男の声が、少し大きくなった。






お世辞でも嬉しいわ。

あらっ。
ごめん。
ちょっと急ぎの用事があるの。
ごめんなさい。
じゃあ、ね。
ター君!


あたしは、オエッとするのをこらえて、そう言ったの。

そしたら、男の目がうるうるしちゃったのね。

で、また、いたずら心がうごめいわ。






背伸びしながら、加齢臭我慢して、男の額にね……。









額に、うっすらとピンクのマークが付いた男は、固まったままだったわ。



あたしは、足早に階段を駆け降りたの。





多分、あの様子だと、キスさえしたことなかったのね。





ちょっと、いたずらが過ぎたかしら。


ううん。

でも、あの男の残された余生に、少しは灯りを差し向けられたわ。





あたしは、あたしではないわたしに、少しばかりの反省と、それ以上の満足に、初めて来た街を後にしたの。






おわり