Qブログ

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作-演出 市原佐都子
演劇


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『地底妖精』無事に終演しました。

無事に終わることができよかったです。

たくさんのひとたちに支えられました。

ありがとうございました。

高田冬彦さん、ありがとう。共感しあえることがたくさんあり、創作について同じ目線で深く話せたし、話すことが楽しかったです。これからもなにか一緒に創作できれば嬉しいです。

永山由里恵さん、ありがとう。今年のQの活動すべてに出演する彼女は、今年一番同じ時間を過ごす人間となりそうです。尊敬しています。私のことを信じてくれてありがとう。私も信じています。

中田麦平さん、ありがとう。いつも助けられています。やさしさにたくさん救われました。

その他すべての人のことはかききれませんが、今回関わってくださったスタッフ、すべての方ありがとうございました。

 

 

ずっと困っています。

Qには制作者がいません。

正直、今回も創作しながらそのことで何度かくじけそうになりました。

ここ何作か、そのことに必死で目をつぶってきましたが、難しくなってきました。

見えないところでさまざまやることがあります。でも一番ヘビーなのはお金のことです。お金の心配をしながらクリエイティブなことも考えていくのはけっこうしんどいです。各部署との交渉もします。そしてみんなにうしろめたさを持ちます。制作がいないという作家はたくさんいるかもしれません。でも、みんなそうだからしょうがない、ということでもないし、みんなそうでもなにも救われないのです。絶望モードな気持ちになることがときどきあります。

事務作業に追われたりやそのことの苛立ちで、作品の内容についてもっと考えたいのにそのことができない、ということがどうしてもあります。

手伝ってくれるひとはいます。ありがたいですが、

でも任せてください、という人はいません。できる範囲のことはする、本当に任せられる人がいるまでの間手伝います、という人が何人かこれまでもいました。本当にありがたいのだけど、その人たちは結局いまいないし、そういった人に「すみません」「ありがとうございます」と言うことにもう苦しくなってきました。

ずっと制作者を探しています。

もっと作家として作品に専念したいです。

市原佐都子


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2017年夏、高校生にむけた能登演劇のワークショップの講師をさせていただき、今日33日は、そこに参加してくれた岐阜の高校生が主催する卒業劇場という公演の本番です。ワークショップで、高校生のももえさん、ももえてぃ、、とそこで出会い私のことを好きになってくれて、今日の公演で私の戯曲『最新の私は最強の私』を上演してくださるのです。お正月には、ももえてぃとラインを何通もやりとりしながら、戯曲のリライトをしました。楽しかったなあ。ももえてぃと、そして、しのんさん、しのんくす、、の二人芝居、『最新の私は最強の私』です。超超観たいけれど、行けなかった。二人とも才能に溢れていると思います。ワークショップではみんなに「自分のできるだけ素直なモノローグを」ということでモノローグを書いてもらったのですが、本当にぐっとくるものばかりでした。それを舞台で言ってもらいました。しのんくすは、ワークショップで泣いたりしてて、真面目に取り組んでいて、本番、もうその成果が出ていて素敵でした。ももえてぃはもう、あの湘南の風のながれるシーン(そういう名シーンがあったのです)超好きでした。大好物!本当にももえてぃ抜群です。数日前、表現をするときに、お客さんに好かれるとか嫌われるとか、重要じゃない、というようなことをももえてぃとのラインで発言しました。なにをしたいのか、です。おおきな演劇という枠組みの、そのなかなので、許されている。できる。私はそれを守りたいです。二人ともドキドキしているのかな。どんな上演になるのかな。頑張ってください。

 

かわいい二人、卒業おめでとうございます。

「最新の私は最強の私」

今日も、良い舞台になりますように!


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もう気が付けば2月になっています。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

雪が降っている。

途中になっていることもありますが、『妖精の問題』の稽古をしています。

この作品について、出演する竹中香子さんについて、なにかかいておきたいと思いました。ずっと思っていたけど、いま制作がいなくて、いろいろなことを自分でしなければいけず、したいことがなかなかできませんでした。もちろん助けてくださる人達もいます。感謝しかないです。したいと思うことをするためには、私の得意でない作業もでてきて、それを他の得意な人にもっと任せられたらいいのに、と思います。なかなか難しいです。

考えすぎると進まなくなるので、あまり読み直したりせず書き進めます。

『妖精の問題』という作品は面白いと思うし、今興味を持っていて、観てもらいたいものです。同時に上演する『毛美子不毛話』ももちろん大事な自分の一部です。『妖精の問題』は竹中香子さんの一人芝居です。正しくは、ほぼ一人芝居です。年をあけ、竹中香子さんとふたりきりの稽古を始めました。竹中さんと二人の稽古場で演劇ができていることをとても幸せに思います。私は竹中さんに出演してもらうことを考えたとき、だれかほかにも出演者がいることをイメージできませんでした。学生時代、竹中さんと三島由紀夫の戯曲『班女』を演じたことがありますが、そのときの記憶といえば、竹中さんとのことばかりです。演出家ともう一人の共演者の男性俳優もいたはずなのに彼らの存在感はほぼなく、私は竹中さんと演劇をしたということが強く残りました。竹中さんもそうだったと思います。舞台が終わったとき、そういうようなことを言い合ったと思います。というようなこともあってか、私はなんとなく竹中さんと作品を二人でつくる姿をイメージしてしまいました。

竹中さんとは作品に関してとても話します。彼女は作品を理解できなければ、演じることが恥ずかしく、逆に理解ができれば、どんなことでもできる、ということを去年沖縄でワークインプログレスを発表したとき言っていました。(沖縄での創作は忘れられません……)私はそのときの竹中さんの言葉が強く残り、そのことを一緒に過ごすとき思い出すことがあり、本当にそうだ、と思ったりします。竹中さんに理解してもらい動かすことは時間がかかり難しいなと思うこともあったけれど、理解しようとして向かい合ってくれる姿には本当に嘘がないと思います。またわかるとぱーんとひらけるのです。そういう人なんだ、と思います。それを悪いとか良いで判断できません。当たり前です。私は竹中さんよりそういうのを隠そうとして嘘つきだ、無表情だ、と自分のことを思います。その自分のことも良いとも悪いと思いません。私もとても嘘がない状態でいます。

どんな俳優が私にとって、作品にとって、最適か、というのは別として、竹中さんはそういう俳優で、人間で、私はいま彼女と演劇をつくることがとても楽しくて、有意義だと思います。

大学時代卒業研究をつくったとき竹中さんに出てもらいましたが、初めてだったこともあり、なんか泣くほどむかついたりもしました。それも、いまとなっては本当にかけがえのない思い出です。

たとえば最適、(と言ってみますが)であることだけが良いということではきっとないと思います。最適というのは良いことのはずですが、私は嫌とかわからないとか苦しいとか、そういうときこそ、考えたりできるな、と当たり前のようなことですが思います。そういうことは作品にも通じていると思います。なにが本当に最適なのか、作品をつくるとき考えます、観客にとって最適でないことが最適であることであることもあると思います。わからないことや、その人にとってのネガティブな気持ちなど、それを思い起こされることは、必ずしも悪いのでしょうか。それは暴力でしょうか。後々です。後々、考えるということに意味があると思います。演劇をやっていてこれまでの劇場での公演で、観客からの反応で、わからないことや嫌な思いはすべてマイナスだ、という基準の人は多いように感じます。どうして自分がそう感じるのか、どうしてわかならいのか、そう感じる自分、とうものをみつめて、問うことが私は価値があると思います。こんなものをつくっている私のほうが悪いのだろうか、と考えたりもしたけれど、そうではないな、と最近は思っているところです。一方的な関係だけで成り立つものではないと思います。わかりやすく少し感情をゆさぶられたいと思っている人たちに応えるような作品をよく目にします。私は、あまり面白くないと思います。しかし、面白くないとは言いづらい。まったく面白くないわけでもない。でも退屈です。しかも、面白いと感じるひとが多いのなら、きっと面白いんだと思います。これはぐるぐるしてきます。

男性の意見で、女性が「まんこ」ということや、抵抗を感じたという人がいました。そういうことは普通に、だろうなと思います。だから面白くなかった、嫌だった、というところで感想は終わり、ああ。それでもいいけれど、その気持ちはいいけれど、そこで終わりなのか、となんだかがっかりしてしまいました。また、おむつ姿の女性を見てはいけないような感じで苦しかった、という人も。台詞にショックを受けたという人も。それは大事なのではないでしょうか。劇だからこそ、嘘だからこそ、できるショックではないでしょうか。そういうショックは悪なのでしょうか。そこから自分の価値基準を問うことが演劇でできることのようにも思います。ギリシャ悲劇の話をちょっと最近きいたのですが、世の中の価値基準でしてはいけないことのオンパレードの、というかそれしかない、くらいの演劇だったようです、その演劇は選挙権を持ったその国の青年男子が観るためで、つまり、その国の明日を担う人達に、ものを考えさせる装置だったそうです。私はそんな大そうなことをしているつもりは毛頭ないのですが、でも、私が演劇に求めるのは、ちょっと知ったような感情がゆさぶられたりするものではなく、感情だけでなく価値観をゆさぶるものかと思います。当たり前ですが単純に過激なものとは違います。

『妖精の問題』は三部構成です。

妖精、とは見えないもの、ということをイメージしてつかっています。見えないことにされているものをえがきたいと思いました。

一部は落語、二部はピアノと歌、三部はセミナー、という形式をとっています。すべてをほぼ一人の俳優が演じます。一人の俳優が、様々なスタイルを演じているということがポイントです。

落語というのは、別に私は落語に詳しくないのですが、どうしようもないブスを演じるための装置に用いました。まず俳優が俳優として観客に話すということをしてから、落語という超フィクションに移行します。そうすることで俳優(現実の生きるひと)の上にフィクションがかかる様を見せられるかと思いました。美というのはひとそれぞれで主観的で曖昧な基準です。どうしてもどうしたってブス、絶対的なブス、どうしようもないブスとうもの登場させたく、それはここでは便宜上ブス、と言っていますが、ブスというよりも劣等とされている人間を登場させたく、落語というフレームのなかで「ブス」という言葉をつかうことにより、それを可能にしているという感じです。とても差別的でデフォルメされた社会のことをえがいているのですが、「ブス」と落語にのせることにより、ひいて、より演劇として、その社会のことを、そして現実のことを、みつめることを可能にするのでは、と考えました。そうやって一部では狭い世界で誰かがつくった基準のなかでそれに迎合しサバイバルする人間の話。二部は狭い世界であることに変わりませんが、その世界の基準というものが最後にはひっくりかえる、ゴキブリの歌。三部のセミナーでは菌のことが語られます。菌までにしてみると基準はもはやなくなり、人間はフラットになります。というようなそれぞれがそれぞれを補うような三部作です。それをほぼ一人の俳優が演じます。私はその一人の人間の姿を見ていると人間はだれでもどんな立場にもなり得る、というようなことを考えたりします。抽象的な言い方ですが、だからいま私はこっちだけど、次の瞬間にはあっちになってるかも、ということで、だからどっちでも一緒で、あっちもこっちの境界線のぼやけるような気がします。人間は同じものでできている、それをただあとから様々なものが隔てているだけだと感じたりもします。

まだまだこの作品についてことばにしたいけれど、とりあえずここで止めておきます。分かりづらくすみません。

ぜひぜひ『妖精の問題』を観ていただきたいです。

http://qqq-qqq-qqq.com/?page_id=1195

よろしくお願いいたします。

市原佐都子


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東京ELECTROCKSTAIRSの作品を昨日観ました。知り合いだからではなく、毎回毎回気になり見逃したくないカンパニーです。心底こんな作品はKENTARO!!さんにしかつくれないと思わされます。すごいオリジナリティを感じます。技術とセンスと、ほんとにあそこでしか観られないです。ダンサーの方々もそれぞれ魅力的でストイックさ尊敬します。謎の芝居とかっこいいダンスと音楽。音楽もオリジナル。すごい踊ります。ダンスや音楽のことは詳しくないですがとにかく、理屈抜きで高揚します。悲しいこともありますが目の前のことを夢中で追う時間にとても救われました。来年以降東京での公演は未定でまたいつ観られるかわからないそうです。

今の公演は今日明日で終わりです。今日はもう難しいかもしれませんが明日ラスト。http://www.tokyoelectrock.com/works/vol16/info.html

勝手におすすめをしました。

市原佐都子


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韓国とてもとても寒かった。そしてみんないい人でした。永山さん古屋さん横堀さんも一緒に来てくれ助けてもらいました。ありがとう。もうずっと対話対話で疲れた。でもこんなにゼロから作家同士で喋って、こういった企画でこんなにも丁寧なことは少ないのだろうから、これが初の海外プロジェクトでよかったですね、幸せですね、と打ち上げでジソンさんというプロデューサーにも言われ、はあ、そうなんだな、わかってるんだ、でもほんと後半からホームシックになってしまいました内気な私は、と思ってしまいもっともっとみんなと仲良くなりたい好きになりたい、とか思ってたんだ。韓国クリエイティブバキのキョンソンは相変わらずに優しくて、さとこはがんばっているよ、と超気をつかってくれた。私も人を気遣う余裕が持てたなら。香港のターシンとレイモンドは明るくて明るくてて。創作する仲間としていい関係になれそうな気はしている。でもどうやるのがいいのか難しいなあと思う。

頑張ってこたえるけど日本人とか女性とかどうでもいいわって感じになり、ほんとはあまり興味がないことなのだと思う.

特に女性と言うことは作品を発表するたびに追っかけで考えさせられることであって、というのはそれは見る側との出会いにより、見る側にとってのとても見えることなのだと思う。見えない私はたまたま女性の入れ物にいるというような気がする、とまで言うと言いすぎ、言えてないような気もする。女性であるということは自分の入れ物なのだから大事だけど、それを一番にしているのではなくて、私は自分の身体感覚を大事にしているのだと思う。シアターコモンズラボという企画でお話しをする機会をいただいたが、質問もそういうものが多かった。しかし皆さん熱心で、ありがとうございました。

今日、いろいろ美術の友美さん、舞台監督のちなっつーと打ち合わせしてその後いろいろ話して癒された。ありがとう。

市原佐都子


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先日は額田君の家でフランスから少し帰国してた竹中さんと三人で集まって稽古をして額田君のおばあちゃんがつくった豚汁やお餅を食べながら香子ちゃんの最近の熱いトピックであるオーガズムの話をしたり、それがあたたかく幸せで。稽古後は居酒屋で軽く飲もうとなって瓶ビールで、香子ちゃんが先帰って額田君と表現の話で意外と長めに真面目な感じで居酒屋が閉まるまで話したり隣が有名な映画監督の人だったりしたようで額田君がにやにやしたり楽しかった。誰かのおばあちゃんの家でおばあちゃんがつくった料理を食べたりするのは思えばなかなかないなあって思う。額田君のおばあちゃんはいい感じだし香子ちゃんのオーガズムの話や料理おいしかったしすごいぼーっとする年末感というかなつかしい感じがした。子供、学生にもどったような。守られてる感。時間が無駄になる無駄になる、あー、となってるモード落ち着こうと思った。でもなんか最近は慌ててる。小説も韓国から帰ったらばしっと仕上げる。アンダーグラウンドの長いバージョン前編後編観た。後編駆け込んで、すごいよかった。後編なんかリラックスして笑った。でも急に韓国のことが頭をよぎったりして無駄に心が慌てたりもした。そのモード。それにしてもユジクはなんであんなに部屋をあたためるのか。あつい。汗かくし頭がぼーっとする。今日までもさんざんあつかったけどビールのんでたけど今日はシラフだけどかなりあつくてあつくてカラカラになって死ぬ、狭いところで暗くてあつくてなんか生き物としての限界を感じた。
だれかに好かれたいとか、コスパとか、考えたくないけど考えてる。そんなのどうでもいいとわかってくれてるかな。ぺちゃくちゃ喋ったら疲れる。でも喋る。だれかに好かれる嫌いとか本当は本当にはどうでもいいことでどうでもいいわやだわと思いに気づくまでぺちゃくちゃ喋ってその線にぺたりと至ることが必要だと思うけどなんかそんなのしない人だっているだろうな。人に失礼なこと言うのもいい加減やめたいなとか、きをつかったなとか、帰り道どちらを思うのやだけど。みんな私が思ってるよりすごいなんでもわかってて、その場にいてなにかやってるんだろうな。私はほんと勝手だな。でも私もそっち側やるときもあるよね。話をできる人大事に。優しいひとがいてよかったな、自分がほんと恥ずかしい人間だと思ったりすることもある。ブログどうでもいいことを忘れないようにいっぱい記していこうと最近思った。
ラッシュってあまり惹かれなかったけど最近乾燥ひどくて皮が剥けてほんといやで、そのときになんか移動してるときにラッシュになんかふらーって入ってみて、でもなんかそのときにはなにか第六感的な良い予感をキャッチしてたのか、とにかくふらーって入ると接客されてしまってすごい甘い濃厚なスペシャルっぽいクリーム買って、塗ったらみるみる潤い浸透する感じでカサカサがほんとすぐ治り潤いに満ち、期待した何倍もの威力が、ラッシュ、そっか。私にとってラッシュに入ったことがまず珍しいことで事故でそこでそんなラッシュで今年のトップスリーに入る良い買い物してしまったと思った。
明日から韓国に行く。韓国と香港のアーティストとワークショップ。
今年は初めての海外公演でソウルマージナルシアターフェスティバルで作品を上演しましたが、すばるという雑誌の12月号に制作の大吉さんが書いたエッセイがあり、Qの韓国公演のことがかいてます。読んでほしいです。
歴史のこと最近は意識して本を読んだりして知って中学でこんなことは習わなかったということがけっこうあるな、と思った。
市原

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最近、

掲載されないと思っていた小説、超ー時間かけた小説、掲載されることになった。わっほーい。日の目を見る。わっほーい。

能登で知り合った高校生が私の戯曲を三月にやるらしい。卒業前にぴったり。彼女たちのためにかきかえる。

京都でおいしいものを食べた。幸せ。

いろんなところで演劇や映画を見た。

市原

 


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沖縄から帰り、すぐ能登に行って、東京で稽古しています!
沖縄はずっと近くに香子ちゃんがいました。こんなにだれかが近くにずっといたのは人生で初めてでした。すごく特殊な時間だったとしみじみ。最近帰り道、沖縄の話を笑いながらしたりして、全部過去になるもんだなあと思いました。

能登は高校生との演劇合宿で4日間朝から晩まで演劇でした。アシスタントに中田麦平さんが来てくれました。魅力的な高校生たちと熱い4日間でした。

東京で毎日稽古です。
今作品、苦しんで書きました。テキストはどう演出するかまず考えずに書いたので、最近はどう上演するのかで日々手直しと香子ちゃんにどうやってもらうのが1番なのか、のびのびやってもらえるか、考えています。香子ちゃんもとても考えてくれます。日々香子ちゃんとセッションし、そして少しずつ進んできました。香子ちゃんは作品が理解できて必要性をわかってくれればこわいものなしで差し出してくれます。沖縄でもその話が印象的でした。

どうぞよろしくお願いします。

一昨日上京してきた女の子が寝ているのを撮影する私を撮影した写真。あるシーンのメイキングです。photo by香子
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市原佐都子


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韓国より戻ってきました。

すべては記録できないですが、素晴らしかったことを、残しておきたくてつらつらここに書いています。そんなことでもすぐ忘れてしまうだろうとも思うので。なんだかゆっくり書く時間もなく、なんだかスピーディに書いてしまいます。なので間違ったり感情的かもしれませんここにはかかない近い人のこともあります。スタッフ、俳優、そのほかの人も。そういうのはとても私にとって大事だけど自分が思っているほど読む人には、大事ではなく大変なのであまり書かず直接伝えられたらと、そこまで書かなくてもいいのかもしれませんが、書いてしまいました。


私は海外に旅行でなく、公演をしに行くのは初めてで、特別な公演で、

それにプラス初日の夜のアクシデントがありもっと特別なものになりました。

初日は出だし観客の反応は日本よりもはるかに熱いと感じ、いいぞいいぞ!と思っていた矢先、途中で続行不可能になり、ストップ。プロジェクター通常のように映らなくなった。それは最初オーバーヒートではないかと思われていたけど、そうではなく、プロジェクターのランプが不良品だったため。私たちの使用直前にフェスティバル側がランプを交換してくれてたのだけど、そのランプが不良品だったよう。でも仕込みの段階では問題なくつかえていたのに、よりによって本番の途中でダメになってしまった。初日のトラブルの後ランプを交換すると問題なくつかえるようになる。ランプの不良品にあたるなんて、どれくらいの確率だろう。宝くじに当たった。そう、で、上演はストップし観客には一度劇場の外に退場してもらう。オーバーヒートではないことが分かり、もう映像も字幕も映らない、「払い戻しをして今日は中止にしよう」とテクニカルスタッフから提案がある。私もそうするしかないのか、と思った、その時、フェスティバルディレクターのキョンソン氏が「払い戻しもして映像なし字幕なしの上演をする、それでも観たいと残る人がいればやるのはどうか」と言ってくれた。私も「そうしたい」と答えた。そしてその旨を劇場外で待機している観客に韓国語と日本語でアナウンスするとほとんどの人が劇場に残ってくれた。お客さんのおば様が劇のあらすじを説明してほしいというので、私があらすじを語り、観客として来ていた女性(後に石川樹里氏と知る)が通訳してくださった。あるところでオーラルセックスと畳みかけるように通訳するのに内心笑った。本当にありがとうございました。そして上演が再開。俳優の武谷さんも永山さんも映像が出ない上演だったけれど超対応してくれて、その姿に涙が出た。武谷さんはその場で良きように対応するイメージができていたけど、私と同じく初めての海外公演の1ステージ目でこんなトラブルに見舞われてまず一人で出て行かなければいけない永山さんが心配、だったけど、必死でどうにかし続けていて、通常の上演のときの演技より良いと思えたりした。観客へ意識が飛んでいた。そして観客はそれにこたえるように「観ているよ」というアピールをしながら前のめりに見続けてくれた。それは日本から来た私たちへの思いやり、このことで私たちに残る韓国公演の思い出を良くないものにしたくないというようなもの、この演劇を一緒にプラスに変えましょうという、客席からの熱が伝わってきた。それはきれいごととか勘違いではなく、本当にそうだったと思う。素晴らしいことに出会うと素晴らしいことがちゃんと、ある、ということをわかれる、と思った。アフタートーク、日本から来てくれた藤原ちからさんも参加し、韓国の観客のことを意識し進行してくれた。終演後男の子が話しかけてくれた。兵役中らしあ。週に一日くらいしか休みがないらしく、その休みはいつも観劇しているらしい。大学で劇作家の勉強をしているが、休学してるのかなんなのか忘れたけれどあまり勉強ができていないらしい。アフタートークのときも質問してくれたがアフタートーク後もメモ帳を持って質問に来てくれて、字幕がなかったにもかかわらず、かなり細かい、しかも鋭い、質問をくれた。一生懸命答えた。私の答えたことを小さな字で、ハングルで、メモする。そして最後に一つだけいいですか。と投げられた質問は、「ものを書くのに一番大事なことはなんですか」ということだった。熱い、と思った。男の子は坊主で目がキラキラしてた。答えなきゃと、とっさに出てきたのは、「自分にとって切実であることを書く」だった。明日はきっと字幕があるだろうけど、休みは今日しかなく来られない、と残念そうだった。本当に申し訳なく思った。初日が終わった後みんなでご飯を食べた後、二軒目にちからさんとキョンソンで飲んだ。前日寝てなくて疲れがマックスだったけど、なんだか二人について行った。私は英語がわからなくてキョンソンと喋れない。ちからさんは頑張って通訳をしてくれたりした。違う表現だったりしても一緒のことを言っているように思って、そうだよ、って思った。複雑なことを簡単にやりたいというような話があった。アフタートークで永山さんが、迷子になりながらもはなしてくれた、「踊っているとからだがあつくなるというのは事実」という台詞があって、踊らされながら、そのことに実感を持っている、、共感している、というような話が思い出された。キョンソンともっとちゃんと喋りたいと思った。ちからさんがお手洗いに立ち、二人になったとき、沈黙が流れて、私が「英語喋りたい」って英語で言ったら、「僕たちが英語でしゃべらなければいけないのは不思議だと思う」ということをキョンソンが英語で言った。確かに、と思ったりした。日本語でも韓国語でもなく。だから「私たちは友達だよ。また会おうね」という韓国語を通訳のイネちゃんに教えてもらって、最終日別れるときキョンソンに伝えた。日本語ではそんなこと恥ずかしく言ったりできないから、外国に行くと、なんか伝えたいっていうのがシンプルになって、そういうことを言ってしまう。でもいいじゃん、って思った。2日目は機材トラブルなく上演。拍手が温かかったと思う。1日目ほどのわかりやすち反応はなくても、集中しているのはわかった。客席で観ながら、自分が劇作・演出し創作した作品ではあるけれど、自分の、という意識が薄れながら観ているときがあって、というか、なんというか、面白いな、とちょっとお客さんになったように観ていて思った。この作品は面白いと、再確認した。もちろん、作り手として観てて改良したいこと、やってみたいこと、悔しいことを感じるところは多々あったけど。改良したいことは字幕。今回ちゃんと字幕をつけたのは初めて。全然時間が足りなかった。翻訳のコ・ジュヨンさんは私たちの無理に辛抱強く付き合ってくれた。制作の大吉さんは24時間のロッテリアで朝まで徹夜で字幕のことを一緒に考えてくれた。眠かったけど、楽しい時間だった。チャレンジをした。大幅にセリフを省いて、ト書きのような解説を入れたり、一休さんは韓国では伝わらないので、一休さんの映像を出したり。実験してみた。いろいろなやり方があり、そのなかでなにを選ぶかということで、でもこの公演は実験をしたほうが良いと判断したし、それでいろんなことが見えたので良かったと思う。とても良かったというところまではこの限られた時間の中でいかなかったかもしれないけれど、新しい方法に挑戦しているということが伝わったという声もきけたし、嬉しかった。また海外公演があるときには字幕のことはもっと時間をかけてやりたい。

ここにはかききれなかった関わってくださった皆さんの顔が浮かんでいます。感謝しています。日本から来てくれた方々も。本当に嬉しかったです。韓国のスタッフは働き者でした。こんなにも働いてくれるのはどうしてかと、誰かがたずねたら「楽しいから働いちゃう」と答えてくれたそう。その話すっごく嬉しかった。こんなことばかりではないのだろうし今回ラッキーでした。こんなことばかりではないから、と、気をつけなければと思う。でも今回はこうだったことは素直に喜び、感謝したいです。この公演で体験できた素晴らしいことは、私の力ではないことはわかっています。集まってくれた皆さん、本当にありがとうございました。

市原佐都子


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二週間前は『地底妖精』@SCOOLでした!
高田冬彦さんとのコラボレーション。出演は永山由里恵さん。たくさんの優しいひとたちの手をかりて、なんとか無事に終えました。

高田さんとは今後も創作をします。楽しかった。永山さんも素敵でした。そして中田麦平さんもよい変態モグラでした。そして高田さんの助手のひろぽん。大活躍でした。芋を頑張って作ってくれました。制作の大吉さんも、SCOOLの土屋さんも、とても助けてくれました。ありがとうございました。ご来場してくださったみなさん、気にしてくれたみなさん、本当にありがとうございました。
写真は佐藤瑞季さん。

http://qqq-qqq-qqq.com/?page_id=1128

 
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6月27日より韓国に渡り、ソウルマージナルシアターフェスティバルで29日30日と二日間、昨年日本で初演し岸田賞ノミネートにもなった大事な作品『毛美子不毛話』を公演してきます。キョンソンさんにTPAMで幸運にも出会えて、公演できることになりました。初めての海外公演です。頼もしいスタッフに恵まれ感謝しています。韓国の演劇も観ます!楽しみです。いってきます。

市原佐都子

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