文章量の関係で、ちょっと変なところで切ってしまったかも。


クライマックス突入です。

次回で完結。




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「ゆき、出かけるの? 都ちゃんが来るんでしょう。まだ着替えてもないじゃない」
「都が来るまでには戻るよ」
 そう言っていそいそと玄関を出て行くゆきの背中を、崇は階段から見つめていた。
 アメリカから帰国するなり、未だ現れぬ待ち人の陰を求めて彷徨いゆく彼女の後姿に、崇は『バカじゃないの』と毒づいた。
 そのまま階段に座り込んで膝を抱える。
 ゆきの顔を見るたび、脳裏に血の海に倒れた沖田の姿が浮かんだ。
 あの夢を何度見たかわからない。繰り返しはすなわち、予知の実現性の高さ。
 崇はゆきに、夢の話をまだできずにいる。
 待ち続けている相手が、彼女の知らない場所で命を落としただなんて言えない。
「崇? 何してるんだ、そんなところで」
 いつの間にか階段下に都の姿があった。都は階段を上り、崇の前までやってくる。
「お姉ちゃんならいないよ」
「おばさんから聞いた。出掛けたんだろ」
 ふっと、都は苦笑じみた笑みを浮かべる。ゆきが何の目的で外出したのか、彼女もわかっているようだった。
「おまえ、マジで大丈夫か?」
 ひょいと腰をかがめて、都が崇を覗き込む。崇はぷいと彼女から顔を背けた。
「大丈夫って、何が?」
「ここんとこおまえの様子がおかしいって、ゆきが心配してた。階段で座り込んだりして、考え事か?」
 都の指摘に、崇はぐっと言葉に詰まる。湧き上がるゆきへの苛立ちを吐き出さずにいられなかった。
「はあ? 他人の心配してる余裕がお姉ちゃんにあるの? 自分だっていっぱいいっぱいのくせに。バッカじゃない」
「あのなぁ……」
「待ったって来るわけないんだよ。もう二度と会えやしないんだ。だってもう、あの人は……もう、遅いんだ」
 崇の言葉に、都が眉をひそめる。
「遅い? ……崇、おまえ何か知っているのか?」
「───……」
 問い詰められて、崇はふいと視線を逸らす。
 しばしの沈黙のあと、都が崇の腕を掴んで引っ張り上げた。
「ちょ、都姉、なに……」
「ゆきに言うべきことがあるんじゃないのか」
 崇の戸惑いなどお構いなしに、都は彼の腕を引いてずんずんと階段を下りる。
「なら、今すぐゆきに言って来い」
「え? でも」
「待つだけ無駄だと思うなら、止めてやればいい。おまえが何を根拠にそう言うのかは知らないが、もし本当に待っても意味がないのなら……あたしも、ゆきには新しい幸せを探して欲しい」
 まっすぐに前を見つめたまま、都が告げる。その憂いを帯びた横顔に、崇は言葉を継げなくなった。
 都に腕を引かれながら、蓮水家の玄関をくぐる。
(僕が見た夢を教えたら、お姉ちゃんは)
 やわらかい春の日差しが正面から照りつける。眩しさに、崇は思わず目を眇めた。
(白龍に僕たちとの未来を願ったこと、後悔するのかな……)



* * *



 二人で見たときは、蕾だった。
 今は満開の白い花をつけ、そよぐ春風に枝を揺らす木を見上げて、ゆきは彼の人に思いを馳せる。
 季節は既に二巡目を迎えている。昨年はアメリカにいたから、この花の開花は見られなかった。けれども、約束の木が花を咲かせるのは、今年で二度目になる。
 一年……長すぎる時を待って、待ちわびて。
 何度も心が折れかけたけれど、あの人に会いたいと焦がれる想いが、信じる心に灯火を与えた。
(会いたい)
(総司さんに、会いたい)
 願いはただ、それだけ。
「お花……咲いちゃいましたよ、総司さん……」



 記憶にない建物に迷いながら、それでも太陽の位置と、見覚えのあるシンボルを頼りに、総司は走り続けた。
 目指しているのは異国風の大きな邸宅。
 猥雑な景色の中から必死に記憶の家を探す総司の視界に、それは突然飛び込んできた。
 穢れなき、白。
 白い花と、澄み渡るほどに白い……
 花をつけた木を見上げて佇む可憐な少女の姿に、総司の胸はいっぱいになる。
 走り続けた息苦しさも、見知らぬ景色に惑う焦燥も、一瞬で彼方へと吹き飛び。
 ただただ暖かな幸せだけが、総司の全身を満たしていた。
 目の前に、彼女がいる。
 それだけで、泣きたいくらい幸せで、かける言葉が見つからない。
「お花……咲いちゃいましたよ、総司さん……」
 彼女の口からこぼれた自分の名前に。
 総司は喜びを隠さずに、応えていた。



「はい」
 背後から聞こえた声に、ゆきが息をのむ。
 聞き覚えのある声。間違えるはずのない声。
 湧き上がる震えを堪えつつ、ゆきは恐る恐る振り向いた。
「この木、梨の木だったんですね。梨は好きなんです。あなたにいただいたときから……なんだか縁を感じてしまいますね」
 幻かと思った姿が、はっきりと言葉を紡ぐ。
「……総司、さん……?」
「はい」
 ゆきの問いかけに、彼は微笑みをたたえて頷いた。
「総司さん……ッ!」
 叫びながらゆきは駆け出す。
 飛びつくように伸ばされたゆきの腕を、総司はその身体ごとしっかりと受け止めた。
 互いの肩に顔を埋め、ぬくもりを確かめ合う。
 夢でも幻でもなく、触れ合った身体は、確かに温かかった。
「総司さん……本当に、総司さんなんですね」
「はい。お待たせして、すみません」
 落ち着いた、抑揚の少ない喋り方が、ゆきの知っている総司と同じだ。
 会えなかった時間を埋めるように、ゆきは強く強く総司の背中を抱き締める。それに応えるが如く、総司もぎゅうとゆきを支える腕に力を込めた。

= つづく =