2005年のファイターズを振り返る その2 | ~エイチ・アールの、はんかくさくて何が悪い!~

~エイチ・アールの、はんかくさくて何が悪い!~

麦わらと、背番号「86」、「HR」と名のつけたユニフォームを身にまとい、

ファイターズ、コンサドーレ、レバンガ、エスポラーダを応援しています!

前にファイターズの試合を振り返ると言いながら、その1からの続きを上げずにいました。

 

 

最近ようやく2006年の試合を見返しているので、ざっと前の話を補足したいと思います。

 

 

2005年と言えば、ダルビッシュの一年目ということで。

 

 

喫煙問題で謹慎もあったダルビッシュですが、前にユーチューブでダルビッシュ本人が語った話によると、喫煙写真を売った人は、当然売ったやつだという話は広まることになり、その人は学校を辞めることになったという。

 

 

彼を売ったことで得た報酬なんて、数万程度であったはずなのに、それで人を売り、そしてそれが自分に帰ってくるというのも悲しい話ではあるね。

 

 

そんなダルビッシュは6月の広島戦で初登板をすることになった。

 

 

去年ならば、吉田投手も広島戦でしたね。

 

 

打線の援護もあり、無失点の状態で9回の登板もしたけど、2人連続でホームランを浴びて、交代することに。

 

 

とはいえ、ファイターズの今後のローテに入るなと思いました。

 

 

ダルビッシュと同じく、この頃先発ローテに入ってきたなとなったのが、鎌倉投手ですね。

 

 

トルネードのサイドスローで投げ、当時須永も活躍してくれれば、頼もしい存在になると思っていたけど、肘を痛めて手術を受けることになり、その後の2006年は中継ぎ登板を少ししたぐらいで、その後引退した。

 

 

2004年からファイターズに入団していた入来も好きだったね。

 

 

良い時と悪い時の差も激しく、当時土曜日にダルビッシュ、日曜日に入来が先発登板をしていたので、母さんとかも「何で日曜日にダルビッシュじゃないのさ!」と言っていたものです。

 

 

留萌からファイターズの試合を見に札幌ドームに行くのは日曜日だったので、いつも入来でしたからね。

 

 

でも僕は彼の負けん気のオラオラも感じも、それくらいガチで行く姿勢が好きだったね。

 

 

二桁勝利出来るぐらいの人だったけど、打線の援護なく負け投手になることも多く、その後メジャーに挑戦したりと色々あった人ですね。

 

 

それから森本ひちょりも、この年から活躍し始めましたね。

 

 

変化球の対応に難はあれど、新庄が弟子と見るくらいの守備力もあり、目立ちに行く姿勢も良かったですね。

 

 

シーズン最後のほうには田中賢介もサヨナラホームランをロッテ戦で上げていたのも印象的でした。

 

 

2006年に一番森本、2番田中賢介という布陣になったのも、この2005年の苦労を経て、花を咲かせたといえる。

 

そのうち、2006年の話も書きたいと思いますので、気長にしばしお待ち下さい。